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幸月と秀人 2
絵本を読むようになると、今度は文字を読めるようになりたがった。
最初は俺が読み聞かせてそれを黙って聞いていたのだが、ある時「せんせ、これ、いっぱい……よめる?」と聞かれた。頷くと、一つ一つの文字を指差してどう発音するか聞きたがったので、それ以降平仮名の勉強を始めたのだった。
「じゃあ、まずは昨日の復習な。ここの行、覚えてる?」
俺はた行を指した。
幸月はじーっとその行を眺めた後「た、ち、つ、て、と」としっかり発音してみせた。
「正解! じゃあ、ここに書いてあるのは読めるか?」
平仮名表の各平仮名の下には、小さくその平仮名を使った単語が書かれている。例えば「た」ならば海にいる「たこ」、「ち」ならば「ちけっと」。そしてさらにそのイラストがプリントされていた。
「た、こ。ちけ……と」
「それは「チケット」」
「ちけっと。つくえ、て、あし、とけい」
「正解! すごいなぁ。もう全部読めるのか?」
俺は幸月の頭をわしゃわしゃと撫でた。幸月は表情を変えず撫でられていたが、どことなく嬉しそうだった。
幸月の記憶力は目を見張るものがある。
平仮名の勉強は毎日一行から三行ほどのペースで行なっているが、今のところ一度学んだ平仮名を忘れたことはない。あいうえお、のように同じ組み合わせだけでなく、違う組み合わせになる単語も難なく読むことができるのだ。試しに絵本を音読するように言ってみたこともあるが、習った平仮名なら全て読めた。
最初から文字に躓かないメルヘンは少ないなかで、幸月のこれは、もしかして。
「せんせぃ」
くいっと袖を引っ張られ、はっとする。幸月の手元を見ると、渡してある平仮名カードを並べたものが出来上がっていた。どれもちゃんと単語になっている。
「ん、よく出来てる。じゃあ次は……」
幸月はもしかしたら、桜と同じタイプの子に成長するかもしれない。そうしたら、もしかしたら中学校に途中から通うなんてこともあるのかも。
中学の制服を着た幸月を想像すると、なぜかドキッとする自分がいた。目の前の小さな子供が、突然大人びて見えたからだろうか。
そんな未来がくればいい。
彼が社会の中に飛び込んで、出会う人々の間で笑顔でいられるような、そんな未来が。
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