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第6話 ※
黙っていると絵になる男、とは、こういうことか。
昨日インスタに上げた真の写真についた数十件のいいねを眺めながら、俺はパソコン画面に向かって小さく鼻を鳴らした。
開設した百々寿司のインスタアカウントに、検索で拾われそうなタグを山ほどつけて、真を紹介する投稿を投下した。若いイケメン大将見習いが切り盛りする隠れ家的な寿司屋、という方向性だ。
表情筋が死んでいても、写真でならクールで格好良いように見える。それを裏付けるように、まだ投稿も数件しかしていないのに、真の写真にはそこそこの数のいいねが付いていた。
「世の中、顔だな……」
俺自身も、それほど悪い顔ではない自覚はある。ただ、イケメン、というより、可愛い、のほうに分類されるタイプだ。
茶色がかった目は大きめの猫目で、どちらかといえば童顔寄り。明るめのブラウンに染めた髪も相まって、可愛い系で売っているホストみたい、と女の子にはよく言われる。
当たり前だ、そう見えるように、狙ってやっているんだから。クールで近寄りがたい男より、ノリが良くて可愛い、と冗談めかして言われる男のほうが、何かと受け入れられやすい。
結局、自分の容姿も、うまく周りとやっていくために選んで作っている。はた、と気づいて、一気に気分が悪くなった。
「……はー……」
パソコンを脇に追いやって、円形のちゃぶだいにべたりと上半身を伏せる。嫌な思考を追い出すために、音量を絞ったテレビの中でタレントたちが笑っている姿に無理矢理意識を集中させる。初めて見るバラエティー番組で、いまいち興味はそそられなかった。
ワハハ、と小さな音量でテレビから吐き出される笑い声。たいして面白くないのに、馬鹿みたいに笑って、盛り上げて。それが仕事なんだろうけど、この人たちは辛くないんだろうか。次第に目から送られてきた映像は頭の中を素通りして、奥のほうに仕舞おうとした考えが勝手に頭の真ん中にまた座ろうとする。
真は相変わらずの能面顔で、空気が全く読めずにお客さんをビビらせている。けれど、店を守るために一生懸命なのは伝わってくる。
そういう情熱は、俺には一切ない。情熱を向けたいと思う対象が、そもそもない。こいつらみたいに、場がうまく回るように、言葉を考えて、表情を作って、出力するだけ。
俺の意志って、何かあるか?
「っんあ~、やめろ、考えんな……っ」
小さく呟いて、ぐりぐりと机に額を押しつける。机を伝って、思考が全部出て行ってしまえば楽なのに。
真にやりたいことを聞かれたあの日から、ずっとこんな状態が続いていた。『ふつう』でいることに固執して、中身が空っぽの自分。口に出して言葉にしたことで、ずっと目を背けて、見ないようにしていたものが見えてしまった気がした。
「……クソ……ッ」
苛立ちにまかせて握った拳を、胡坐をかいた膝にとん、とん、と振り下ろす。何度か繰り返すうちに、狙いが外れた。拳が軽く股間に当たって、反射的に身を竦める。
「……っ、……。…………」
じっと耳を澄ませて、背後の襖の奥の気配を探る。
店の二階にある住居スペースは、ちゃぶ台とテレビ、戸棚が置かれた畳張りの居間と、奥に襖で隔てられた二部屋がある。居間にいる俺の背後の部屋は、真の部屋だ。
爺ちゃんと二人暮らしの影響か、真は二十一時前には大体寝る。パソコンの画面表示を見ると、二十一時半過ぎ。何の物音も聞こえてこないことから、多分、真はもう寝ている。
「……やるか」
こういう時は、抜いてとっとと寝るに限る。
余計なことを考えないうちにやろうと、ちゃぶ台に俯せたまま、スウェットとパンツを膝まで一気にずりおろす。流石に借りた服を自分の精液で汚すのは気が引ける。下半身丸出しというちょっと情けない姿だが、誰も見てないしいいだろう。
「ん……」
利き手の右手は、まだ捻るような動きをすると痛みが走る。仕方なく、慣れない左手でぎこちなく性器を握った。思えばこの二週間、一度も抜いていない。だからそれなりに溜まっているはずだ。
なのに、どうもうまくいかない。
「ふ……、ん……っ」
癖になっている亀頭から雁首にかけて強めに擦るやり方も、力加減がうまくできずに、もどかしい感覚だけが溜まっていく。
「ん……っああ、もう、なんでだよ……っ……」
自分で自分を焦らしているような感覚に、思わず悪態が漏れた。淡く勃起した性器を、イライラしながら乱暴に擦りたてる。苛立ちと、焦りと、中途半端な快感で、頭がいっぱいだった。
「うまくできないのか」
唐突に、背後から聞こえた抑揚のない低い声。
ピシッ、と身体が凍り付いた。
振り返れない。けれど、すぐ後ろに気配がある。
真が立っている。
「あ、……こ、れは……」
お前寝てたんじゃなかったのかよ。ていうか、オナってんの見つけて声かけるか?言い訳は……いや、下半身丸出し扱き途中で何が言える?どう誤魔化す?どんな顔する?
ぐるぐると言葉が頭を駆け巡って、うまい言い逃れが全く思いつかない。いや、でも、とりあえず、笑って茶化すしか……。
「手伝う」
「…………、は?」
思わず振り返ったのと同時に、背後から真の身体が覆いかぶさってきた。突然目の前に真の顔が現れて、思わず顔を引いてしまう。
冗談なのか、本気なのか、全くわからない、いつも通りの無表情の横顔。それにますます頭が混乱する。完全に頭はフリーズしながらも、剥き出しのまま緩く勃起していた俺の性器に、するりと真の指が絡んだ。
「利き手がまだ使えないんだろう。手伝う」
「……手、伝うって……はあ!?ちょ、ばか、やめ、ッ……!?」
淡々と言いながら、真の手がゆっくりと性器を擦り始める。ここでようやく、俺の理性が緊急事態を察した。慌てて身体をよじらせても、中途半端に脱いだスウェットのせいで足が動かない。というか、背後からしっかり被さった真の身体の重さで、ろくな抵抗もできない。
やばい。
はっきり認知するのと同時に、強制的に性器を扱かれる快感に身体が勝手に反応し始めた。
「おい、ほんと、いいって……ッ、んッ!」
見た目より筋肉質な真の腕を掴んで引きはがそうとして、その手に握られているものを目の当たりにする。見慣れた自分の性器に、自分の手でも、女の手でもない、大きな男の手が絡んでいた。
掌も指も俺より大きくて、皮が分厚いからか一往復の扱きが重たい。ぱくぱくと物欲しげに尿道口を開閉して、真の手の中でどんどん固くそそり立たっていく性器を見てしまって、瞬間、ビリッと背筋に甘い痺れが走った。
「っ、あッ!」
零れはじめた先走りで、ぬるん、と亀頭を下から擦り上げられて、思わず大きな声が漏れた。カッと頬が熱くなって、口に手を当てる。
ぴくりと止まった真の手が、もう一度確かめるように、ぬるん、と同じ動きで亀頭を撫で上げる。抑えようとしても、ぎく、と勝手に腰が揺れる。
「……これが、気持ちいいのか?」
耳元でいつも通りの平坦な声で尋ねながら、真の手が同じ動きを繰り返す。そのたびにビクビクと身体が反応して、先走りがどっと溢れる感覚に、羞恥心と快感で身体に震えが走る。
「千隼」
「ふ、…ん、んッ、うッ」
「千隼、教えてくれ」
「う、るさ、いッ、ぁ、あッ!」
「……千隼」
「ああ、もうっ、……ぃ、いい、そこ、いい、ぁ、あッ!ぁあッ!」
しつこく聞いてくる真にやけくそになって答えた瞬間、くちゅくちゅとそこだけを集中的に真の手が責め始めた。ぬめりを帯びた真の指が、弱いところを的確に擦る様が視界に入って、ぶわっと体温が上がる。
「あとは、どうしてほしい」
どんどんはしたない水音を立てる性器を責める手は止めず、真の低い声が静かに尋ねる。久しぶりの射精を目の前にして、頭がくらくらする。
「ぁ、さ、先の、とこッ、ぁ、あッ、ぐりって、つよく、……ッ!」
目の前の射精欲に抗えず、媚びるように願望を口にする。恥ずかしい。けれどそれも、ぴったりと亀頭の先に押しつけられた真の親指の感覚を前に、あっという間に霧散した。
「わかった」
ぐり、と亀頭を親指でほじられながら、長い指で雁首を捻るように擦られる。一瞬で、視界が真っ白になった。ぎくぎくと逃げられない腰がうねって、全身に鳥肌が立つ。
「ぅ、あ、あ、あぁあッ!」
ぶるりと震えながら吐き出した精液は、いつもよりどろどろして量が多かった。すべて絞り出すように、くちゅ、くちゅ、と粘着質な音を立てながら、ゆっくり真の指が性器を扱き続ける。そのたび、とぷ、とぷ、と弱弱しく吐精してしまうのを止められなかった。
「ぁ……は、ぁ……」
甘い余韻に、くったりと弛緩した身体をちゃぶだいに預ける。ゆっくりと、真の手が性器から離れた。
「……おやすみ」
聞き洩らしそうなほど小さな声。スパン、という軽い音。
「…………、え?」
数拍置いて、ばっと背後を振り返った。
目の前には、ぴったりと閉められた襖。下半身を丸出しで呆然とする俺を、時折ちらちらと揺れる居間の電球の灯りが照らしていた。
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