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第12話 ※

 使い込まれた畳の目を見つめながら、小さな粘ついた水音を意識の外へ逃がす。軽く息を吐きながら、俺は剥き出しの緩く勃起した自分の性器を扱いた。 「ふ……ッ」  自慰している。真の部屋で。  こんな状況を作り出したのは自分自身なのに、既に俺は後悔し始めていた。  机と、本棚と、部屋の隅に敷かれた布団。それ以上部屋の様子をじっくり見る余裕もないまま、布団に真を座らせて、少し距離を置いて正面に陣取った。ジャージとパンツを下ろして、真のほうに向かって軽く足を開く。躊躇ったら正気に戻ってしまう気がして、「見てろ」と宣言して勢いに任せておっぱじめたはいいものの。 「…………」  さっきから全く目線が上げられない。見てるのか見てないのかわからない。  けど、始めてから一言も発さない真の様子を見るのが怖い。めちゃくちゃ冷めた目をしてたらどうする。多分、一生のトラウマになる。  脳裏に引っかかった、あの夜の記憶。自慰を手伝って、真は何事もなく部屋に戻っていった。真の好意は、もしかしたらそういう意味じゃないかもしれない。真に恋なのか聞かれたあの一瞬、疑念が消せなかった。てっとり早く確かめようと始めたものの、明々と室内の電気に照らされた手の中の息子は、まだやわやわとしている。捻挫も完治した右手を使っているのに全然うまくいかない。  ああ、俺、マジで何やってんだ。竿を擦りたてる手がだんだん乱暴になる。焦りやら羞恥心やらで正気になってきた頭がいっぱいになって、ぐっと唇の端を噛んだ。 「千隼」  音に反応する操り人形みたいに、ぴくり、と勝手に手が止まる。いつもと同じ、静かな声。慣れているのに、それが今は怖い。  「もういい」とか、「何してるんだ」とか、いつもの無感情なテンションで言われたら。とりあえず笑って「ああ、そうだよな~!」って言って、「俺、頭おかしくなってたわ、忘れてくれ」って言って、それで、それで……。 「また、手伝うか」 「……ッ」  ドッ、と血潮が流れる音がした。  耳の奥で洪水みたいに溢れて、さっきまで浮かんでいた言葉全部を押し流して、代わりに痺れるような熱が身体中を支配する。目を伏せたまま、やっと漏れ出た声は情けないくらい掠れていた。 「……、ああ」  すっと布の擦れる音がして、畳を踏みしめる音が近づいてくる。凍り付いたように動かないのに、燃えるように身体の中が熱い。無造作に前へ投げ出していた脚の間に真の膝が入ってきて、思わず息をのんだ。  ひんやりした真の手が性器を握った右手に重なる。指が太くて長い、大きな手。俺の手をすっぽりと覆うように巻き付いた手は、職人の手だ。  いつもは美しい握りを作り上げる指が、これから自分の性器を擦るために使われる。ぞくっ、と背筋を甘い倒錯感が駆け抜けていく。 「…ッ、ぁ……っ」  ゆっくりと動き出した真の手に、腰の奥がジン、と痺れだす。性器に直接触れているのは同じ自分の手のはずなのに、さっきまでと感じ方が全然違う。 「は、ぁ…っ、ん、ん……ッ」  ぐっと引き結んだ唇から、堪えきれない嗚咽が漏れる。急に感じ始めたことがバレてしまう。誤魔化したいのに、誤魔化せない。だんだんと荒くなっていく息遣いと、少しずつ大きくなる水音が痛いくらい静かな部屋に響いて嫌だ。 「……ッ、あ!」  きゅ、と真の親指が亀頭を擦り上げた。身体が強張って、咄嗟に大きな声が出る。 「ま、そこ、は……っ」 「ああ、千隼の好きなところだ」  以前教えた場所。覚えのいい真の指が、丹念にそこを擦り始める。途端に、抗議の声が甘い喘ぎに変わった。 「ひッ、ぁ、あ、ぁあ、あッ!」  手が一往復するたびに、ずるっと余すことなく亀頭の表面を撫でられて、カクカクと腰が震える。俺の手にはもう全く力が入っていない。真の手に導かれるまま、自分の性器を弱い場所を丁寧に責め立てている。 「あッ、は、ぁあ、あッ!」  押し寄せる射精感に、ガリ、と畳に爪を立てると、すぐに手を掴まれた。真の首に腕を回すようにぐっと引き寄せられて、思わず俯けていた顔を上げてしまった。  吐息の振動さえ届きそうな距離に、真の顔があった。  ふわりと香る石鹸の香りに混じる、ほのかな真の匂いに、頭の中から言葉が消える。 「…ぅ、ぁ、あッ!は、あッ!」  じっと穴が開きそうなくらい見つめてくる真の目から、逃れられない。見つめあったまま、こみ上げてくる衝動に身体が震える。溢れた先走りでぐちゅぐちゅと音を立てながら、真の手に絶頂まで追い立ててられていく。 「ぁ、ぁあ、あッ!まっ、て、も…ッ!」 「大丈夫だ」  俺をその目に映したまま、真が静かに囁く。ぐりぐりぐり、と尿道口をほじられて、かぱりと口が開いた。 「…ッ!ぁ、あ、ああッ!ぅ、ぁ……ッ!」  ドクッ、と熱い飛沫が出ていく感覚。促すようにゆったりと扱き続ける真の手に、ぶるりと身体が震える。 「は、ぁ……」  ぼうっ、と余韻に浸りながら、目の前の真を見つめる。相変わらずの無表情。けれど、少し濡れたように見える眼差しは、はっきりと欲情しているように見えた。  蕩けていた思考が戻る。慌てて真の身体を押しやって、バッとその下半身を見た。 「…………お前、めちゃくちゃ、勃ってるじゃん」 「……ああ」 「…………なん、だよ……」  はああ、と大きく息を吐いた俺を、僅かに小首をかしげた真が見下ろしている。心なしかきょとんとしたような顔に見えて、脱力感が増した。 「……俺は、お前が、俺には勃たないのかと思ったんだよ」 「……そんなことはない」 「でも、あの時……二週間くらい前の夜、俺の抜くの手伝って、さっさと部屋に引っ込んだじゃねーか」  ずっと引っかかっていた事が、思わず口をついて出た。しかも、結構非難がましい口調で。女々しすぎるだろ、と俺が内心頭を抱えた前で、真が思い返すように僅かに視線を宙に巡らせた。 「ああ……あの日は、部屋で三回は抜いた」 「……え……」 「なかなか治まらなくて……困った」 「……全然、声とか、しなかった、けど」 「俺はあまり声は出ない」 「あー……えっと、俺にも、自分の手伝わせようとか、思わなかったのかよ」 「千隼はあの時、まだあちこち怪我をしていた。そんな状態で頼めない」  淡々と語る真と反対に、心臓がじわじわと鼓動を速めていく。胸につかえていた塊を、こくん、と飲み下せたような安心感と、隠しようがない高揚感。  真は俺に欲情する。そういう意味で、好意を持っている。  立ち上がった真が布団の脇に置かれたティッシュを取りに行く。その股間は、まだしっかり反応していた。 「千隼もティッシュ、使うか……、っ!」  布団の上でしゃがみこんでこちらを振り向いた真を、飛びついて押し倒す。尻もちをついて俺を見上げる真の目は、驚きからかいつもより大きく開いていて、少し幼く見えた。 「千、隼……?」 「お前の、まだ勃ってんだろ。抜いてやるから、ちょっと待ってろ」  手を伸ばして机に置いてあったハンドクリームのチューブ手に取る。軽く振って、人差し指にたっぷり中身を出した。  ドク、ドク、とくっきりと聞こえる自分の鼓動。喉がやけに乾いて、ごくん、と唾を飲む。覚悟を決めて目を閉じてから、俺はゆっくり指を後孔に押し込んだ。 「ん……っ」  何回かセックスした女の子の趣味で、少しだけ後ろを弄られたことがある。違和感が強すぎて早く終われと思っていたが、その経験が役立つ日が来るとは、思ってもみなかった。  息を吐きながら、ぐに、ぐに、ととりあえず中を広げるように指を動かす。流石に自分で指を入れたことはないから、違和感がすごい。 「ふー……、っ」  しばらくなんとなくの勘で指を動かしていた手の甲に、何かが触れた。するりと撫でられて、つーっと指先へと肌をなぞっていく。その先にある場所で、ぴたりと止まった。 「千隼、俺も、指を入れていいか」  静かな問いかけに、身体の奥がぎゅっと疼いた。無意識に吐きだした息が熱い。俯いて固く目を閉じたまま、小さく頷いた。 「……ゆっくり、な」  意識して息を吐いて、力を抜く。それを見計らって、後孔に真の指が入り込んできた。 「……っ、ふ……」 「痛くないか?」 「……っ、ああ、だいじょ、ぶ……、ッ!」  太くて長い真の指。指が二本入ることで、圧迫感が増して、今までと違う場所が擦られる。途端、明らかに他とは感覚の違う箇所を擦り上げられて、思わずぱっと目を見開いた。下から食い入るように俺を見ていた真と目が合って、勝手にぎゅっとナカが締まる。 「…ぅ、あッ……?」  またあの場所が、真の指に押される。湧き上がる未知の感覚に、喉から勝手に声が漏れる。 「……ここか?」 「ぁ、あ!ちょ、ま、っ、ッ!」 「少し膨らんでいる。……ここが、気持ちいいのか?」  執拗に真の指があの場所を擦り始める。知っている。多分、前立腺だ。男がナカで感じる場所。 「ひっ、ぁ、しらな、ぁ、あ、あッ」  でもこんな、頭がめちゃくちゃになりそうな快感なんて、知らない。知ったらだめなんじゃないか。真の指が送り込んでくる快感に、ひっきりなしに声が漏れて、カクカクと細かく腰が揺れる。 「……ここが、ナカの千隼の好きなところ、だな?」  すり、すり、と前立腺を撫でながら、確かめるように真が口にする。唇を引き結ぼうとするのに、優しく撫で続ける指が沈黙を許さない。 「……ん、く、ぅ……ッ」 「千隼」  もっと知りたい、教えてくれと、どこまでも純粋な目が訴えている。羞恥心で全身溶けだしそうになりながら、蚊の鳴くような声で呟いた。 「……っ、…ああ」 「……また一つ、千隼のことを知れたな」  声音に滲む、嬉しそうな響き。僅かに細められる目元。  それだけで、羞恥心を超えるほどのぎゅっと胸を締め付ける甘い感覚がこみ上げてくる。 「……お前、ほん、と、ずるい……」 「……?どうした」 「なんでもねーよ。もういいから、指抜いて、そのままじっとしてろ」  僅かに首を傾げながら素直に真が指を抜く。ずるっ、と勢いよく下着ごとスウェットを脱がせると、流石に真も驚いたのかビクリと身体を強張らせた。  完全に勃起した真の性器は、確実に俺のものよりもでかい。一瞬怖気づきそうになったのをぐっと堪えて、真の性器を握った。 「……んっ…」  片手で固定して、後孔にほんの少し入り込ませる。それだけで感じる、指とは全く違う圧迫感。膝をついた両足が震えた。 「は、ぁ、……っ」  息を吐きながら、なんとか先端を飲み込む。そこからは、少しずつ腰を下ろしていく。  なんだ、意外といけるもんだな。なんて思っていたけれど、すぐに真のサイズ感を完全に見誤っていたことに気づいた。 「…っ、はっ、うそだろ、まだ、こんなあんの…ッ!?」  予想以上にでかいし長い。  結構入ったと思ったのに、まだ半分くらいしか入っていなかった。既にいっぱいいっぱいで、これ以上入ったら代わりに何かが口から出る気がする。 「むり、でかすぎ……ッ!これ、以上は……っ、はいんねー……」  膝立ちで突っ張った両足がぶるぶると震えている。ここまでやっておいて申し訳なさはあるが、一旦抜くしかない。体勢を変えようと太ももに置いた両手に力を込めようとした瞬間、ずっと無言だった真が急に上体を起こした。  ぼすっ、と倒れ込むように真の胸に正面からダイブしてしまって、それだけでナカが擦れて身体が跳ねる。急に動くなよ、と文句を言おうとして、けれど見上げたその表情に声が吸い取られた。  うっすら上気した顔と、食いしばった口元。潤んだ黒い瞳には、どろどろとした熱がはっきりと浮かんでいる。  欲情した男の顔だった。 「……すまない、千隼」 「え、…ぅ、あッ!」  低い呻きのような呟きの後、下からぐっと押し上げられて、完全に身体のバランスが崩れた。抱きつくように倒れ込んだ身体を抱きとめられて、熱い塊が身体の奥深くに押し入ってくる。 「あッ!ひッ、ぃ、ぁ、ぁあッ!ああ!」  チカチカと視界が明滅する。全身を貫く衝撃と、その中に混じる感じたことのない感覚。  痛いのか、気持ちいいのか、何もわからない。頭の中がめちゃくちゃで、ただ真の首に縋りついて、揺さぶられるまま甲高い声で鳴き続ける。 「すまない、千隼……、千隼……ッ!」  荒い息遣いと、苦しげな言葉。抑えきれない欲望を叩きつけるように突き上げながら、真が謝りながら何度も俺の名前を呼ぶ。  その姿が、いじらしくて、いとおしくて、思わず言っていた。 「あ、ぁ、い、いい……ッ!」  ぴくり、と真が動きを止める。ふっ、ふっ、と余裕なく吐く息から、俺の言葉を聞くために懸命に堪えているのがわかる。  責められているのはこっちなのに、本当に、たまらない。  ふっ、と全身の力を抜けた。汗に濡れた真の肩に頭を預けて、その耳元に口を寄せる。 「きもちいい、から、いい」  ナカのものが大きくなって、小さな喘ぎと共にぶるりと身体が震える。  また余計なことを教えてしまったかもしれない。そう思いながらも、唇には自然に笑みが浮かんでいた。

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