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第14話
夢を見ていた。
西日が差しこんで、赤く染まった小学校の教室。規則正しく並べられた机と椅子を見下ろすように、壁一面に下手くそな習字がべたべたと貼られた、教室の後ろ側。
俺の横には四人の子供がいた。そして向かい側には、壁際に追い詰められて誰かが立っていた。
小学校には不釣り合いな、大きな身体。黒い髪の隙間から、じっと俺を見つめる、切れ長の黒い目。深い海に似た、静かな瞳。
「ま、こと……」
ふらふらと真に向かって一歩踏み出した瞬間、横から声がかかった。
「おい、千隼」
子供たちの姿は、いつの間にか、俺を探しに来た四人の姿に変わっていた。そうして、口を揃えて、あの言葉を口にする。
「おまえも『ふつう』じゃねーの?」
途端に、一歩も動けなくなった。目の前に真がいるのに、金縛りにあったように全身が凍り付いて、何もできなくなる。
「あ……」
わかっている。これは悪夢だ。そして呪いだ。
この教室で、あの子を見捨てた時、一緒に勇気も自分の言葉も、全部捨てた。その時にかけられて、身体に染みついた呪い。
流れに身を任せて、空気を読んで、その場で必要とされる言葉を発するだけの人間でいないといけない。そうでないと、酷い目に合う。冷たい目で見られて、自分の物を壊されて、自分すら否定されて、誰にも助けてもらえない。俺が助けなかったのと同じように。
『ふつう』でいないといけない。
目を瞑る。息が苦しい。まるで、足のつかない深い場所で、溺れているようだ。
「千隼」
声が聞こえた。低くて、抑揚がなくて、だけど、心の底まで響く声。
目を開けると、教室の中は海だった。一面の青。俺を囲むように、魚達が群れをなして泳いでいく。流れに巻き込まれながら、必死で声の主を探した。
「真……っ」
叫ぶ声は、ゴボゴボという水音にかき消されて音にならない。それでも何度も、何度も、名前を呼ぶ。
「真、まこと、真……っ!!」
何層にもなって泳いでいく魚たちが視界を遮る向こう側、深い海の底に、一瞬だけ、その姿が見えた。きらきらと反射する魚たちの鱗で、目が眩んで先が見えない。光をかき分けて、がむしゃらに手を伸ばす。
「真!」
必死で目を凝らした分厚い層の向こう側から、はっきりと、もう一度声がした。
「千隼は『特別』だ」
顔を上げた瞬間、チャイムが鳴った。
次々に周囲の生徒が立ち上がる中、教壇に立った教授がもごもごと何か言っている。呆然としていると、背後からポンと頭を軽く叩かれた。
「はい、おはよう。寝すぎだろ千隼」
「単位ヤバいのに余裕かましすぎ」
ゆっくりと振り返ると、須藤と新見がにやにや笑っている。
大学の講義室。六限の授業を、ほぼ寝て過ごしたところだった。頭が急速に回り出して、すぐに唇が弧を描く。
「……いや~、よく寝たわ。あの人、催眠パワーすごすぎ」
「それな!十九時から始まる講義であれは無理」
須藤の言葉に笑いながら立ち上がって、俺は二人に続いて講義室を出た。
教室棟を出ると、外は既に夜だった。
「おっ、先輩たち、もう飲み始めてるって。早く行かねーと」
「おー、そうだな~」
スマホを操作する須藤に適当に相槌を打つ。今日の会がどの先輩主催の飲み会なのかはわからない。ただその場にいて、適当に騒いで、笑っていればいいのは、主催が誰でも同じだ。
ぼんやりと空を見上げた。
二週間前、俺は新見の車に乗って帰ってきた。
次の日には大学に行って、サークルの飲み会に参加した。いなかった一カ月の出来事は、その場で適当なことを言って面白おかしく話せば、ちょっとした武勇伝みたいな扱いで消化されていった。
あっという間に、俺の日常は元に戻った。
「おい、なにぼーっとしてんだよ、千隼」
「……ん、あ~、悪い悪い!」
呼びかけられて目を逸らした空は、黒いペンキを塗りつけたように真っ暗で、星は一つも見当たらなかった。
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