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普段通学にも使っているバス停まで歩き、学校に行くよりもうんと遅い時間のバスに悠々と乗り込んだ。
早めに移動を始めたい気持ちはあったんだけど、家を9時に出たのはそこだ。
今日は平日なわけで、他の生徒は普通に...いや、みんなそれなりに切羽詰まった状態で学校に行ってる。
本当なら俺だって切羽詰まってるはずの時期ではあるんだけど...
俺達の仲の良さはみんな知るところだし、プロになるために年明け早々には地元を離れなければいけない亮治との卒業旅行だと言えば、おそらく『余裕だな、おい』なんて言いながらも笑って送り出してくれるだろう。
ただ、俺にも亮治にも『ただの卒業旅行じゃない』って微かに後ろ暗い気持ちがあるから、できれば友達には会いたくないのだ。
なんせ、卒業は卒業でも別の意味の卒業の為の旅行なんだから。
目的地が近づいてきて、俺は降車ボタンを押した。
途端にちょっと亮治が焦ったように俺の手を掴む。
「お、おい。浮かれ過ぎてぼんやりしちょんか? 駅はもう一個先で?」
「わかっとるよ。次でええんじゃって」
亮治が言うのはJR駅前停留所の事だ。
どこに行くのかはわからないけれど、とりあえずは電車で広島市内に行く事になると思っていたんだろう。
けれど今回の旅行は電車で行くわけじゃない。
「中央...桟橋?」
俺に引きずられるようにバスを降りた亮治は、ガクッと肩を落とした。
あ...こりゃあ、完全に行き先を勘違いしてるな。
「そりゃあね、高校生じゃけ贅沢はできんのわかっとるよ? ほいでもさすがに...島は無いんじゃないん? まだ夏で海水浴やら釣りやらできる時期ならともかく...冬に島の民宿って。あーあ、新しい服なんか着てこにゃ良かった...それに、旅行の費用じゃ言うて3万も徴収したくせに!」
今回の旅行では、お互い3万ずつを出し合い、計6万を一つの財布に入れている。
交通費も宿泊費も、ついでに食費やお土産代まで、すべてこの財布から出すのだ。
二人で相談しながら使い、余れば残金を綺麗に折半する事になっている。
というのも、根っからそんな所があるのかカッコつけなのかはわからないけれど、亮治は何かにつけて俺に金を使いたがるのだ。
二人でファーストフードでも食いに行けば『買ってくる!』と勝手にレジに向かい勝手に会計を済ませて俺から金を受け取ろうとしないし、喉が渇いたな...なんて思った瞬間には隣から当たり前のようにジュースを差し出してくる。
1度に使う金額は少しでも、あれだけ頻繁ならば合計すれば結構な額になるだろう。
ましてや、まだ手元にないとはいえドラフトの1位指名でン千万の契約金が入る事が確定している。
きちんと先に決めておかなければ、おばさんにお金を借りてでも『全額俺が出す』と言いかねない。
二人で同じように出し合おうと提案した時はちょっと嫌な顔をしてたけど、俺が『これからパートナーとして、一生二人で一つの財布使うつもりだから。予行演習だと思って?』とニコッと笑って見せれば、目をウルウルさせながら感動して頷いていた。
『じゃあ、財布は奥さんが管理してね。なんだかもう、夫婦みたいだね』なんて言ってた気がする。
チョロいな、亮治...
「あのなぁ...さすがにこの金持って島には行かんわ。ほら、これお前の分の乗船券。もうすぐ来るけ、ほら、行くで」
荷物を肩にかけ、乗り場へと向かう。
亮治も慌てて後ろから着いてきた。
江田島方面行きの高速船乗り場へと行こうとする亮治の手を掴み、そのまま一番端の方まで歩いて行く。
「ほんまは時間短縮の為にもスーパージェット乗りたかったんじゃけど、ちいと高いんよ。そこで金かけるんじゃったら、向こうでなんか美味いモンでも食う方がえかろ?」
「ス、スーパージェット!? ちょっとたかちゃん、どこ行く気なん!?」
「冬言うたら...温泉じゃろうが。行くで、道後温泉! 2時間ほどかかるけど、ちょうど着いたら昼くらいになるけ、松山で目一杯美味いモン食おうで」
初めて四国に行けるのが嬉しいのか、初めてフェリーに乗るのが嬉しいのか、それとも俺との初めての旅行で美味い物が食べられるのが嬉しいのか...
キメキメでいかつくてカッコいいはずの亮治は、鼻歌を歌いケツをフリフリと変なダンスを踊りながら、まだフェリーの影も見えないというのにひどく楽しそうに遠くを眺めていた。
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