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フェリーに乗って最初の15分ほどは、なんだか珍しくてグルグルと色々見て回った。
亮治はフェリーに乗るの自体が初めてだし、俺だってもう10年近く乗ってないからたいして覚えちゃいない。
せいぜい宮島に向かうフェリーくらいしか知らないから、こんなに大きくて売店や飲食スペースのある船に乗ってる事にものすごく気分が高揚した。
とは言え、それもほんとに最初の15分ほどで、あとは二人並んでのんびりと海を眺める。
別にどうという話をするわけじゃない。
それどころかお互い柄にもなく緊張してるのか、普段以上に口数は少ないだろう。
けど、それを嫌だとも苦だとも思わなかった。
寧ろ言葉なんてなくてもすぐそばで亮治の気配を感じているだけでひどく落ち着く。
心がどんどん凪いでいく。
こんな存在、亮治だけだ。
いつまでもずっとこうしていたいと思うのだって。
けど、その亮治ともうすぐ別々の道を歩かなければいけなくなる。
ちゃんと自分の中で納得した出した答えだし、その為に今日だってこうして二人だけで旅行に来てるのに。
これから先の人生も二人でずっと歩いて行く為に、ほんの少しの時間離れて暮らすだけだとわかってるのに。
やっぱり...寂しい。
亮治は『たかちゃんがおってくれんと、一人で何にもできんもん』なんて言うけど、たぶんそれは俺の方だ。
亮治が俺に甘えてくれるからこそ、俺はしっかり者でいられたし、亮治が見ている物を一緒に見てれば良かった。
本当は...俺は亮治の背中を追っかけてただけだ。
俺にとっての道標で、俺が俺でいる為に必死に甘えてくれるコイツがいない生活なんて耐えられるんだろうか?
チューッと紙パックのカフェオレをストローで吸い上げれば、不意に左手が握られた。
それを隠すかのようにピタリと体を寄せ、握り合った手の上にはフワリとマフラーがかけられる。
「心配せんでも、二人とも日本におるんじゃけ。会いたかったらいつでも会えるよ」
無駄に男前の顔が俺の方に向けられると、途端にヘニャとだらしない笑顔に変わった。
「何年たかちゃんだけ見てきた思うとん? しんどかったり悩んどったり落ち込んだりって時ね、たかちゃんは瞬きの回数が減るんよ。それもね、たいがい俺の事じゃけ。俺はたかちゃんが決めた事は正しいと思うとる。ほんまはね、九州の大学に来て欲しいと思うた事もあるよ? ほいでも、会社の事考えたら関西に行かにゃいけんていうたかちゃんの考えの方がたぶん正しい」
「......お前が、どうしてもそばにおれって言うたら...九州行くかもわからんで?」
「うーん...そりゃあ近くにおってくれりゃあ嬉しいけど、俺はシーズン入ったら日本中回らにゃいけんじゃん? 試合の関係で九州におってもたぶん自由には会えんじゃん? なんかねぇ、そんな事になったら...よけいに距離感じて寂しいなるような気がするんよ。会える距離におるのに会えんのなら、離れて住んどるせいで会えんと思うて会いたいなぁって考えとる方がええと思わん? そしたら会えた時にはその時間をめちゃめちゃ大切にしようと思えるんじゃないん?」
ヤバッ...亮治、カッコいい...かも?
俺の戸惑いも不安も、実はわかってくれてたんだ。
自分こそ一人ぼっちでプロフェッショナルな大人の中で戦っていかないといけないのに、そんな自分の不安なんて欠片も見せないで、俺の不安を気にしてくれる。
こんな奴だから俺はどうしようもなく亮治が好きなんだ。
「あっ、たかちゃん、もしかして俺に惚れ直した?」
「...ま、ちょっとだけな」
「もう俺にずーーーっと抱かれてもええわって思える感じ?」
「それとこれは別。俺もお前を抱きたいのは変わらん」
「あははっ、ダメかぁ」
どこまでが本気かわからない顔で、相変わらずフニャフニャヘラヘラ笑ってる亮治の手を、ギュッと強く握った。
「いつかは絶対俺も抱くとは思うとるけど...とりあえず、早よ夜になって抱かれてみたいとは思うたよ」
自分から話を振っておきながら、亮治の顔はみるみる赤くなっていく。
今更照れるなよ、可愛いなぁ...なんてほんわかしてたのに、握ったままの手がグイと引き寄せられた。
そのまま亮治の股間に手の甲が触れる。
おいおい...これは何事だ?
「勃った...」
「お前に触らされとるけ、わかるわ! まあ、理由はわからんけどな!」
「だってぇ...たかちゃんがまさか抱かれたいとか言うと思わんかったんじゃもん。不意打ちで可愛いんはズルい」
「意味わからんわ! ええけ、早よおさめろ」
「無理無理、たかちゃんが触っとるし」
「お前が触らせとんじゃろうが! さっさと抜いてこい、バカが!」
ショボンと背中を丸め、腰のちょっと引けた不細工な格好で亮治がトボトボと便所へと向かう。
冬の少し灰色がかった青空の下、ようやくうっすらと島影が見え始めた。
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