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ようやく松山観光港に着いたところで、俺はコートのポケットからメモ帳を取り出した。
そこには、旅行のパンフレットやガイドブック、さらにインターネットで調べた俺なりの松山情報があれやこれや書き込んである。
「ほいで? 今からどうするん?」
「まずは、そこのターミナルのバス乗り場から、伊予鉄松山市駅に向かう」
「ん? 泊まるんは道後温泉なんじゃろ? 直接行けんのん?」
「まあまあまあ、道後温泉行く前にちょっと寄りたい所があるんじゃって。あ、飯は道後温泉着いてからな」
「はいは~い」
冬の初めとはいえ海からの風はやっぱりちょっと冷える。
急いで券売機でチケットを買うと、ちょうど船の到着を待っていたらしいリムジンバスへと乗り込んだ。
バスは、真っ直ぐに市街地へと入っていく。
県庁所在地とはいえ広島市に比べると高い建物は少なく、どことなく俺達の地元に似てるように感じた。
「あ、駅。次降りるん?」
「えっと...いや、あれはJRじゃけまだかなぁ」
「ふ~ん...あっ! たかちゃんたかちゃん、路面電車じゃ!」
「おう、あれが伊予鉄らしいで」
「広電みたいなもん? うわぁ、広島以外にも路面電車ってあったんじゃ?」
そりゃああるだろうよ!と思いつつも、じゃあ他にも走ってる所を言ってみろと言われると思い付かない。
正直俺も、今回の旅行の為に松山の事を調べていて路面電車があると知ったくらいだし。
そう言えば、俺達の地元がかつてもっと栄えていた頃、繁華街には路面電車が走っていたらしい。
なんとなくこの街が地元に似て見えたのは、そんな路面電車を走らせる為の道路とその横に広がる決して高層では無いけれどギュッと詰まった建物のせいなのかもしれない。
30分ほど街の中を走り、特に賑やかなエリアへと入っていく。
さすがにこの辺りまでくるとより道幅も広くなり、県庁所在地らしい活気を感じた。
このまま乗っていれば今日の目的地である道後温泉まで行けるのだけど、俺達は一旦そこでバスを降りる。
「大きいんじゃねぇ、松山って」
「うん、俺もちょっと...気後れしとる。思うとったより都会じゃのぉ」
何本も行き先の分かれた電車の乗り場に少し戸惑いながらも、今から俺達が乗るべき電車は決まっている。
回りをキョロキョロ見回しながら、まずはチケットセンターを目指した。
窓口でチケットを2枚買い、ついでに乗り場を教えてもらってそこへと向かう。
「なんか、わざわざ窓口で切符買わんにゃいけんとか、えらいここの路面電車は不便じゃのぉ」
「いや、普通は広島と一緒で、車掌さんにお金払うたらええらしいんじゃけどね、ちょっと普通じゃない電車乗るけ」
言ってる先から、目的の電車が入ってくる。
あ、ヤバい...すっげえ可愛い。
「うわっ、SLじゃ! 小さっ! 可愛いっ!」
「有名な観光列車らしいで。坊っちゃん列車って言うんじゃって。別料金なんじゃけど、松山に来た以上はこれに乗らにゃいけんじゃろ?」
「坊っちゃん...あ、なるほどね、夏目漱石かぁ。なんかそう聞いたら余計に松山来たって感じがする」
「正岡子規の記念館もあるらしいで。行く?」
「正岡子規って...何した人じゃった?」
「お前なぁ...ある意味、お前が一番覚えとかんにゃいけん人じゃろうが。俳人で、ベースボールを『野球』って名付けた人で?」
「マジか!? そしたらやっぱり...行った方がええかの?」
「まあ、どっちでもええけどね。道後温泉から近いらしいけ、すぐにでも行けるじゃろうし」
さすがに『野球』の生みの親となれば無視もできないのか、亮治はウンウン悩んでる。
まあ、理系の亮治は正岡子規自身にはそんなに興味は無いだろうし、野球に関して詳しい記述があるとも思えない。
時間があれば立ち寄るくらいでいいだろう...と笑って肩を叩き、俺達は目の前の小さな蒸気機関車に乗り込んだ。
街並みはまさに『今』のはずなのに、この特別な列車の車窓から見ると少しノスタルジックに感じる。
立派なお城が左手に鎮座してるから余計なのかもしれない。
「これは?」
「松山城。国の重要文化財になっとるらしいで。広島城みたいにテレビの影響で慌てて復元した天守閣とは違うんじゃと。ほんまもんの天守閣じゃって。ここには明日、帰る前に寄る予定」
「おっ、良かったぁ。ちょっと見てみたいなぁと思うたんよ。ロープウェーまであるが」
想像していたよりも大きくて、想像してたよりも綺麗で、ちょっと圧倒される。
離れた場所から見ているのに、早く中に入ってみたくて少し俺もワクワクしだしてた。
「早うお城は見たいけど、お城見に行ったら旅行終わりになるんかと思うたら...ちょっと複雑じゃね」
さっきまでヘラヘラしてたくせに、亮治が急に寂しそうに笑う。
「バカか。旅行始まったばっかりじゃろうが。先の事考えて勝手にしょぼくれるなや」
そんな気持ちに引きずられそうな自分の感情を奮い立たす為亮治の広い背中を思いきりバチーンと叩くと、わざとらしいくらいにニカッと前歯を見せてやった。
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