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到着したのは、どこかレトロな雰囲気を醸している小さな駅舎。
乗っていた小さな機関車によく似合ってて、旅行に来たんだなぁって実感する。
「おっ、足湯がある!」
ウヒャウヒャ言いながら、いかつくてカッコいい靴をいきなり脱ごうとする亮治の頭をペシッと叩いた。
「お前、何しよんな」
「ん? 足湯でヌクヌク?」
「冬に足湯で何がヌクヌクな。まだ今からウロウロするのに、余計に冷えるわ」
「ほいでも、せっかく温泉来たのにぃ...」
「心配せんでも、飯食うてからちゃんとした温泉行くけ。それに、今日予約しとるホテルも温泉あるんで?」
「そうなん? んじゃ足湯、や~めた。先に飯、飯! 腹へったぁ」
ごっつい体の男前のくせに、いちいち反応が子供みたいだ。
野球を始めて人見知りが無くなって、いつの間にかみんなに憧れられて惚れられて...けど、俺の前でだけはずっと変わらず無邪気で楽しい事が大好きな食いしん坊。
それが嬉しくて、でもこんな姿を見られるのもあと少しなのが寂しくて、思わず亮治のジャケットの袖を摘まんでしまう。
「たかちゃん...あそこの坊っちゃん列車のとこで写真撮ろうか?」
「亮治...?」
いきなりの事に少し戸惑う俺の肩を抱いて走ると、近くを歩いていた老夫婦にカメラを渡して撮影を頼む。
展示用の列車の前に立つと俺の頭をグッと引き寄せピタリと頬をくっつけると、満面の笑みでピースサインを作った。
「ほらほら、たかちゃんも笑って。ピースピース」
仲の良い友人同士がただじゃれてると思っているのか、カメラを構えてくれてるおじいちゃんもニコニコしてポーズが決まるのを待ってくれている。
それでもなかなか上手く笑えない俺の耳元に、亮治がそっと唇を寄せた。
「心配せんでもね...10年後にこの写真一緒に見る時は、たぶん俺おんなじ顔しとるよ」
少し驚いてチラリと隣を見る。
やっぱり無邪気なまま、けどひどくオスっぽい色気のような物を見せる亮治は、俺の不安をすべて見透かすように笑っていた。
なんで?
亮治には、なぜこんなに俺の考えてる事がわかってしまうんだろう?
「たかちゃんが不安に思うとる時はすぐわかるってさっき言うたじゃろ? それにね、不安なんはたかちゃんだけじゃないけ。ほじゃけ、10年先もおんなじ顔でおんなじように一緒に今日の写真見よ? ね?」
ほら、また俺の気持ちを理解してる。
でも俺だって...亮治の中にある不安がわからないわけがない。
プロとしての自分とか、俺達の関係とか?
そうだ、俺達はずっとこうしてお互いの抱えたマイナスの気持ちをお互いに励まして二人で乗り越えてきた。
だからきっと...これからもそうやって乗り越える。
俺達はずっと変わらない。
「もうええんかな?」
きっと自然な笑顔が出たんだろう。
そろそろ良さそうだと思ったのか、おじいちゃんが改めてカメラを構え直した。
俺も目一杯腕を伸ばして亮治の肩を抱き、左手をチョキの形で前に突き出す。
「はい、チーズ」
後ろで見ていたおばあちゃんも、クスクスと笑いながら様子を見ていた。
きっと、思わずそんな笑顔が溢れるくらい楽しそうで幸せそうな写真になったに違いない。
きちんと頭を下げカメラを受け取る亮治に、おじいちゃんがポンポンと肩を叩いてきた。
「ええ友達やね」
その言葉に、亮治は何も答えずただ幸せそうに頷く。
「プロになっても頑張って。応援してるから」
その一言に、亮治の背負った『ドラ1』の看板の大きさを実感し、二人で顔を見合わせた。
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「手ぇとか繋いどらんで良かったね」
「ま、手を繋ぐつもりなんかないけど、さすがにちぃとビビったな。ドラフト1位、舐めとったわ」
「ええ!? 手は繋がんけど、俺のジャケットの袖は摘まむん? たかちゃん、可愛い~」
「じゃかましいわ!」
ケツに一発蹴りを入れ、スタスタと歩き出す。
アーケードのある商店街の中はやはり観光客相手のお店が多いのか、お土産物屋さんがやけに目立ってた。
亮治は『エーン、待ってよぉ』なんてわざとらしい泣き真似をしながら、大きなストライドで悠々と着いてくる。
「ほんで、今からどうするん?」
「この商店街の中で食べてみたいもんがあるんよ。そこで昼飯食うてから、荷物だけホテルに預けて道後温泉の本館に行ってみようと思うとる」
メモ帳を取り出して調べた名前を確認する。
夜は居酒屋らしいけど、昼間もランチの為に開けている店。
お土産物屋さんと、ちょっとお洒落なカフェっぽい店の間に、少し古い目的の看板が見えた。
「あ、ここ」
「定食屋? 居酒屋?」
「両方正解。昼は定食屋で夜は居酒屋。ここの定食が食べてみたかったんよ」
すりガラスの上から中の様子を窺い、空席があるのを確認してから引き戸を開く。
奥まった所に案内され、お茶と合わせて差し出されたメニューを押し止めた。
「あ、えっと...鯛めし御膳はありますか?」
「はいはい、ございますよ。お二つで?」
「はい。あ、大盛りってお願いできますか?」
「100円だけ追加してもうたら、ご飯も鯛も大盛りにさせていただけるんですけど、それでもよろしい?」
「はいっ、結構です。一つ大盛りでお願いします」
年配の女性がにこやかに頷くと厨房の方へと帰っていく。
向かいに座ってる亮治はちょっと不思議そうな、ちょっと不機嫌な顔をしていた。
「どうしても食べたかったもんが...鯛めし?」
「おう」
「別にわざわざここで食べんでもええことない? 鯛めしじゃったら、たかちゃんのお母さんの作る鯛めしが世界一美味しいもん」
「それは言い過ぎ。まあ...美味いけどな。とりあえず、文句は料理が出てきてから聞くって」
亮治はまだどうにも納得できないらしいけど、俺は早く食べてみたくてワクワクしていた。
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