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しばらく待っていると、立派な漆塗りらしいお盆が目の前に運ばれてきた。
そう言えば今治の方はタオルだけじゃなく漆器でも有名らしいから、これも地元の名産品なのかもしれない。
かなり大きくて余裕があると思っていたテーブルは、その見事なお盆でキツキツになっていた。
お盆の上には魚のアラが入っているらしい赤だしのお味噌汁に小さな煮物の小鉢が二つ、茶碗蒸しとみかんのゼリー、そして...こちらも綺麗な漆が塗られたちょっと底の高い大きな丼が乗っている。
これぞ目的の鯛めしだ。
「こりゃ、なんな?」
「これが鯛めしです」
「いやいやいや、これは鯛の刺身が乗っとるだけじゃが。鯛めし言うたら...」
「炊き込みご飯やと思うでしょ?」
お盆を持ってきてくれた女性が、慣れたやり取りだと言わんばかりににこりと笑った。
亮治と俺の間に、小さな平皿をそっと置いていく。
「皆さんが思うてる鯛めしは、東予地方って言うて今治の辺りを中心に食べられてる物なんですよ。お客さん達は広島か岡山の人ですよね? そしたら炊き込みの鯛めしは馴染みがあると思います。これは宇和島の辺りで食べられてる鯛めしで、たぶんよそではあんまり見る事無い物でしょうね。元々は漁師さんが釣れたての鯛を船の上で捌いてかきこんで食べた漁師料理って言われてるんですよ」
「へぇ...これも鯛めしなんじゃ...漁師めしって言われたら、なんとなく納得できるかも。船の上でわざわざ魚焼いたり米炊いたりするん、大変ですもんねぇ」
「ええ、そういう事なんやと思います。捌いてタレ絡めてご飯に乗せるだけでお腹いっぱい食べられますしね。あ、あとこれは...うちの大将からのおまけです。観光で来られた若いお客さんには、これも良かったら食べてもらいたいからって」
目の前には、小振りの鯛の煮付けが置かれている。
かなり色は濃いけど、なんとも甘くて芳ばしい、ひどく空腹を煽る香りが漂った。
「たかちゃん、これは?」
「......煮付けじゃろ?」
「ただの?」
何でもかんでも知ってると思うなよ、俺の知識なんて超一夜漬けだぞ!と思わずジトっと睨むと、傍らに立ったままの女性がクスクスと笑う。
「これも宇和島で食べられてる物で、鯛そうめんって言うんですよ」
「素麺!?」
お行儀悪いとは思いつつ、尻尾を指先で摘まんで上げてみる。
なるほど、そこには鯛の煮汁に浸った茹で素麺が綺麗に並べてあった。
「素麺じゃ!」
「身をほぐしながら、煮汁と身と一緒にガツガツって食べてくださいね。お作法とか考えんでも大丈夫ですから。鯛めしも、ガーッとかき混ぜてガツガツ食べてもうたらいいんですよ。男の子ですもん、いっぱい食べてくださいね」
楽しそうな表情で会釈をして厨房へ戻っていく女性に小さい声でお礼を言い、早速箸を握りしめる。
「おまけなんかもろうてしもうた」
「これって、もしかしてアレじゃないんか...またお前が未来のプロ野球選手って気付かれてて、ほんで後から『サイン書いて』とか言われるんじゃ?」
「サインなんか無いけ、普通に名前書いたらええんかな? とりあえず、こがいにすごいおまけがもらえるんなら、有名になるんも悪うないね」
「バーカ、タダほど怖い物は無いんで?」
「信じる者は救われるんじゃって。ええけ、食べようや」
言われた通り、亮治はタレのしっかりと絡んだ鯛の刺身をガシガシと遠慮なくかき混ぜ始めた。
俺はいつもの癖で、まず鯛の煮付けの身をほぐしていく。
小さいけれど肉厚の鯛は、食べる所がたっぷりだ。
骨の心配の無い背側の身を外すと、それを亮治の手前に置く。
腹側の、ちょっとめんどくさい所は俺の前に。
一番美味いと言われている目のそばからエラにかけて...いわゆる『頬』と呼ばれる所の身も丁寧にほじくって、これは片方ずつ亮治と俺の前にそれぞれ置いた。
「たかちゃん...また自分がご飯食べるより先に、俺の為に骨取りよる」
「あ...わ、悪い...カッコ悪かったな...」
「ううん、嬉しい。俺が魚食べられるようになったん、たかちゃんのおかげじゃもん。骨取るんが苦手で、昔はよう食べんかったもんね」
「まあ、あれは...魚に慣れちょらんのにいきなりメバルの煮付けなんか出したお袋が悪い。骨刺さって大変じゃったもんなぁ」
「あれからは、いっつもたかちゃんがこうやって骨取ってくれて、ほんまに骨なんか一本も残っとらんかったけ安心して食べられるようになった」
「これからは...お前が自分で骨取らんにゃいけんのに、余計な事したわ。ごめん」
骨を取っていた俺の手を止め、亮治がニコリと笑う。
鯛を裏にすると、今度は背側の身を俺の方に、腹側を自分の方に置いた。
「鯛くらいは俺でも取れるようになったけ、鯛が出た時はこうやって二人で取って二人で食べよ? でも、メバルと太刀魚とオコゼはよう骨取らんけ、たかちゃんと一緒の時以外は食べん」
「ちゃんと...向こうでも魚食えよ?」
「お刺身くらいは食べるって。んでも、骨のある魚はこれからもたかちゃんとしか食べん。怖いもん」
「ガキか...」
「......子供でおりたかったね。ほしたらたかちゃんと離れんでも良かったのに」
ついでと言わんばかりに小皿に鯛の身と煮汁をたっぷり吸わせた素麺を盛りながら、亮治がため息をついた。
俺はここぞとばかりに鯛めしをガシガシかき混ぜて、それを一気に口にかきこむ。
ほんのり甘みのあるタレとたっぷりのゴマがしっかりと絡んだ鯛が美味い。
タレには卵が入っているらしくて、この卵の風味がまた鯛のあっさりとした旨味を際立たせていた。
とんでもなく贅沢な卵かけご飯てとこか?
炊き込みの鯛めしよりも気軽に食べられるし、家でも作れるかもしれない。
両方の頬っぺたを鯛めしでパンパンにしたところで丼をお盆に戻し、亮治の頭をパーンと叩いてやった。
「な、何!?」
「子供のまんまじゃったら...できんじゃろうが...ほら、あの...セ、セックス......」
カッと顔が熱を持つのと同時に、亮治の目がまたキラキラと輝きだす。
あ...なんかこの後のセリフ、想像つくぞ。
「たかちゃん! お、俺勃っ......」
「ストーーーップ! ここでそれ以上言うの禁止だし、とにかく食って忘れろ」
「でもでも、たかちゃんの口からセッ......」
「だから言うなってば! ええか、俺はお前とずっと一緒におりたいとは思うとるけど、子供のまんまの付き合いなんかは嫌じゃけんな。わかったら、早よ食え。美味しく全部綺麗に食え。あと、どこでもいつでも元気にしよったら、一緒に温泉なんか入れんのじゃけ、ちぃたぁ抑える事覚えぇ」
「はいっ! 美味しく全部綺麗に食べて、今日の夜に備えます! 一緒に温泉入れるように、できるだけ我慢します!」
俺に素麺を取り分けたと思ったら、亮治は残りを皿ごと自分の前に持ってくる。
魚もご飯も俺の1.5倍はありそうな丼を満足そうにペロリと片付けるとなんの苦もなく煮付けも素麺も平らげ、更に足りないといった顔をする亮治の様子が嬉しくて、俺は茶碗蒸しを差し出した。
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