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初めての鯛めしに鯛そうめん、茶碗蒸しにまで鯛の切り身が入った最高の鯛づくしをペロリと平らげ、口直しのみかん...じゃない、いよかんのゼリーも美味しくいただいた。 精算の時に大将らしい人にいきなり握手を求められたので、『やっぱりこれはサインくれ!か?』と一瞬身構えたけれど、そういうつもりではなかったらしい。 『あんなに綺麗に鯛を食べきってくれる若い子を久々に見た』と満面の笑みで喜ばれ、ちょっと恥ずかしくなった。 こちらがご厚意で付けていただいてるんだから、綺麗に食べないわけがないじゃないかと思うとどう反応すれば良いのかわからず俯いていると、亮治はごく当たり前のように明るく笑って深々と頭を下げる。 「ほんまにほんまに、ものすごい美味しかったです。僕らにとって特別な旅行の最初に、こんなに美味しい食べ物に出会えて良かったです。ごちそうさまでした。酒が飲める年齢になってから、今度は夜にゆっくり来ますね」 そんな亮治の態度に更に感動したらしい大将は、『お土産に持って行って!』と何やら可愛いパッケージに入った飴を渡してくる。 鯛そうめんをいただいた上にお土産までもらえないと断ろうとしたが、大将は『自分で働いてお金稼げるようになったら、また二人でいっぱいうちにお金落としにきて』と譲らない。 ここは亮治に倣うべきかと俺も深く頭を下げ、その飴を受け取った。 「僕の実家は酒造メーカーです。いつかここの鯛めしにぴったりなお酒を作って、営業に来ます!」 お店の従業員の人達全員に見送られて店を後にする。 なんだかちょっと気恥ずかしいけれど、それでも素敵な出会いに胸の中がポッと温かくなった。 「ええおじさんじゃったね」 「おう、飯も美味かったしみんな優しかったし、ほんまにええ店に入ったわ」 「また来んにゃね、二人で」 「お前、飲めるようになったら底無しになりそう...絶対お前の方が稼ぐんじゃけ、飲み代は奢れよ」 「奢るも何も、俺の財布は奥さんに預けるも~ん。ほじゃけ、たかちゃんが払うてね?」 「あぁ!? 奥さん?」 「たかちゃんに決まっとるじゃん。俺の大事な奥さ~ん」 「バカか! 金の管理せえって言うならしちゃるけど、あくまでもマネージャーじゃ! なんで俺が奥さんて...」 「だってぇ...今日の夜には、たかちゃんのバージンは俺のモンじゃろ? 俺の奥さんになるんじゃろ?」 いきなり耳元で囁かれて、思わず3歩分ほど跳ねて逃げる。 なんだか変な感じだった...くすぐったくて胸が苦しくなって、下腹がズーンと重く熱くなって。 そんな感覚を悟られまいと目一杯怒った顔を作り、亮治の方にドスドス戻るとそのちょっと大きくて高い鼻をギューッて摘まんでやった。 「ふざけんなよ。あくまでも今日は譲っちゃっただけじゃろうが。何が奥さんな。ええか、次は絶対俺がお前に突っ込むけ!」 「たかちゃん、たかちゃん、声が大きいかもよ~」 また全部を見透かしてるような顔でやけに余裕ぶって亮治はクスクス笑う。 慌てて周りをキョロキョロ見回してみたが、幸か不幸か周囲には人っ子一人歩いてなかった。 はぁ...オフシーズンで良かった...... 「勿論、俺のバージンはたかちゃんに捧げるよ~。でも今日の夜だけは...間違いなくたかちゃんは俺の大事な奥さんじゃけ」 誰もいない事を確認してたのだろうか、そっと伸びてきた指先が俺の指に触れる。 ドキンとしてしまったのも、きっとコイツにはお見通しなんだろう。 だったら隠しても無駄だとその指先をキュッと握った。 「とりあえず...一旦荷物だけホテル預けに行って、温泉行くで......」 頭の中に叩き込んだ地図を頼りに、そのまま亮治を引っ張るようにしながらスタスタと歩き、亮治はその力に逆らう事なく悠然と大きなストライドで着いてくる。 ほんの少しだけ繋いだ指先に心臓が移動したみたいに、ドクドクとひどく脈打ってるように思えた。

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