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宿泊予定のホテルまで、5分もかからなかったと思う。 駅や温泉を中心に、それほど広くはないエリアに宿も店もギュッと詰まっている感じで、あまり旅慣れない俺達みたいな観光客にはありがたい。 高校生には分不相応なほど立派で綺麗な一軒のホテルへと俺達は足を踏み入れた。 まだチェックインには少し早いのだが、着替えは勿論、それ以外にもあまり他人に見られたくはない物があれやこれや入ったこの大きなカバンを持ち歩きたくはない。 フロントで温泉に入りに行きたい旨を伝えると、快く戻るまで預かってくれるとの事だった。 慌てて体で隠しながら、亮治がカバンをゴソゴソと漁り始める。 「何しよんな?」 「ん? 温泉行くんじゃろ? 石鹸とタオルと着替えを...」 「あー、大丈夫じゃけ。まあパンツと財布くらいで十分よ。なんなら財布だけでも行けるはずじゃけ、早よ荷物預かってもらえぇや」 亮治は心許ないとでも言いたげな目で俺を見つつも、替えの下着と財布とカメラを小さめのショルダーバッグに突っ込んだ。 俺も下着と財布だけをカバンに入れると、フロントクロークの人に頭を下げてホテルを後にする。 旅行先を松山に決めたのは、勿論ここ...道後温泉が目的だ。 日本三古湯の一つで万葉集にもその名前は出てくるし、聖徳太子が湯治の為に逗留したと言われてるらしい。 商店街を改めて通り抜け、『道後温泉本館』へと到着した。 亮治は正面に立つと、パチパチと激しく瞬きしている。 「うっわ! 古っ! かっちょええ!」 「うん、この建物自体が重要文化財になっとるみたいで。いや、確かに...渋いわぁ」 「重要文化財なのに、入ってもええん?」 「当たり前じゃろ。地元の人でも入りに来るらしいで。ほらほら、行くぞ」 右手にある券売機で目的の入湯券を買い、ちょっと狭い入り口をくぐる。 ズラリと並んだ小さな靴箱に靴を突っ込んだ...が、亮治は困った顔でその場を動かない。 「どした?」 「たかちゃん、この靴箱じゃったら俺の靴入らんと思う......」 しまった... 亮治の足のサイズは30センチ。 それでなくても規格外なのに、今日は一番のお気に入りであるいかついワークブーツを履いている。 とりあえず脱がせてどうにか入らないかとあれこれ試してみるものの、素材も硬いせいで片方ずつですら入らない。 他のお客さんの迷惑になってもいけないし、このまま置いていくわけにいかないだろう。 さて、どうしたものか...と途方に暮れていると、フワリと穏やかなのんびりとした声がかけられた。 「いらっしゃいませ。どうされました?」 後ろから覗き込んできた女性は制服らしい物を着てるから、この温泉の人らしい。 悪戦苦闘の上で途方に暮れている俺達の手元を見て、ちょっとおかしそうにクスッと笑った。 「んまあ、えらい大きい靴。それは入れにくかったでしょう? こちらでお預かりしときますね。お帰りの時はお声かけてください。もうお入りのお湯はお決まりですか?」 俺は今買ってきたばかりのチケットを差し出す。 「あ、はい。三階をお願いしたいんですが...空いてますか?」 「はいはい、お二人で。せっかくですのでご案内しましょうね。どうぞ...狭いんで、気ぃつけてくださいね」 どうやら俺達のようなこの温泉に初めて来た人間の為の案内係みたいな役割の人だったらしい。 俺達の前に立つと、細い階段を慣れた様子で上がっていく。 「こちらが大広間に続いてる二階です。神の湯っていう大きいお風呂の方にも入っていただけますので、またお時間あったら覗いてみてくださいね」 二階への入り口をそのまま過ぎ、更に狭くなってるんじゃないかってくらい狭い階段を上がる。 その狭い階段からそのまま続いた廊下の両側にはガラスの引き戸がズラリとならんでいた。 「一番大きいお部屋は先にお客さんが使ってらっしゃるんで、こちらの6畳のお部屋でもよろしいですか?」 部屋の大きさが違う事すら知らなかったんだから、不満なんてあるはずもない。 黙って頷くと、手前の扉とカラカラと開かれる。 ものすごくシンプルな、純和風の旅館のような造りだ。 部屋の真ん中には大きめの座卓、隅にはきちんと積まれた座蒲団。 小さいけれど、ちゃんと床の間まである。 「こちらのお部屋の中で浴衣に着替えていただいて、二階へ一旦下りてくださいね。下で霊の湯にご案内しますので。あ、この押し入れは鍵がかかりますんで、お荷物はこちらに入れてください。お風呂から上がられたら、またお声かけてくださいね。お茶とお菓子お持ちします」 案内係の女性が小さく頭を下げて部屋から出ていく。 その場に残された俺達は何故か妙に緊張してしまい、お互いに背中を向けながら白鷺柄の浴衣に袖を通した。

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