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浴衣姿になり、二人で3階利用の特別料金を払った人間だけが入れる『霊の湯』へと向かう。
あまりに狭い廊下は二人で並んで歩けそうにない。
なんとなく俺が一歩下がり、亮治の背中を見て歩いた。
貸し出しの浴衣は、いわゆる標準サイズの俺でも少し丈が短い。
俺よりも10センチ以上身長が高くて、肩幅も背中も広くて分厚い胸をしてる亮治なんて、脛が丸出しなんじゃねぇの?ってくらいツンツルテンだ。
けど...思わず笑いたくなるような姿のはずなのに、笑いの代わりにため息が出る。
カッコいい。
ただただカッコいい。
本格的な練習をしてない今も変わらず浅黒い肌も、坊主がずいぶん伸びてちょっと整えてあるうなじも、俺よりいくらか濃い脛毛も。
前から本当にイイ男だとは思ってたけど、浴衣なんて着たら男振りは5割増だ。
男らしくてカッコいいのに、俺に対してだけは際限無く甘えてくるなんて反則だろ。
こんなイイ男が、小さくて可愛い女の子より、色っぽくてオッパイの大きいお姉さんより、俺を選んでくれた事が嬉しくもあり不安でもある。
本当に俺でいいんだろうか?
俺は亮治にとっての足枷にはならないだろうか?
だから明日...俺は亮治に話をしないといけない。
二人の大切な夜を過ごした後だからこそ、ずっと考えていた事を伝えなければいけない。
真っ直ぐな気持ちを迷いなく向けてくれる亮治は怒るかもしれないけど。
「ここ下りたらええんよね?」
くるりと振り返るその顔は、ただ嬉しくて楽しく仕方ないって笑顔。
俺も一先ずはすべてを忘れ、亮治に目一杯の笑顔を返す。
「うん、そこ下りたら係りの人がおるって言いよったろ? 早よ行こうで」
大きな背中を軽く押すと、俺達は念願の温泉に入ろうと階段を下りていった。
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「ちぃと狭いけど、ええお湯じゃったねぇ」
「うん、こっちの個室に人がいっぱいの時とかじゃったら、洗い場なんか足の踏み場も無いなるみたいで。ほれでも肌の当たりも優しいし温度も丁度良かったし、まだ体がホコホコしとるわ」
お風呂から上がり部屋に戻ったところでサービスのお茶と坊っちゃん団子を係りの人が持ってきてくれた。
それを口に運びながら、ホゥと一息つく。
道後温泉の泉質は単純温泉だそうだ。
肌への刺激が少なく、けれど含まれている成分の豊富さに謳われている効能は多い。
神経痛や関節痛、皮膚病に胃腸の病にも効果があると言われてる。
今のところはそんなどの病気にも当てはまらないけれど、純粋にあの柔らかいお湯は心地よかった。
「来年も、オフに入ったら1週間ぐらいはここで体のメンテナンスする事考えてもええかもしれんね。気候も穏やかじゃし食べ物も美味しいし、こがいにええ温泉もあるんじゃし」
「ああ、自主トレ入る前か? ええかもしれんのぉ。体も気持ちも目一杯リラックスできるじゃろ」
「たかちゃんも一緒にね? あ、勿論費用は俺が出すけんね」
「......バカか、そんなもん約束できるわけなかろうが。理系は研究やら実験やらあるけ、休みも簡単に取れんので」
「うん、時間作れそうならでええんよ。でもほら、呉に帰ったら俺もたかちゃんもみんなに引っ張り回されるじゃろうし、二人きりとかなれんじゃろ? それに、先輩の自主トレに付き合わんにゃいけんようなら、正月返上もあり得るし。じゃけね、年に1回でええけ二人だけの時間が欲しいなぁって」
「......まあ、考えとくわ」
優しい口調に熱い眼差し。
さっき浮かんだ考えのせいか、気恥ずかしさと罪悪感に真っ直ぐその視線を受け止められない。
俺は誤魔化すように立ち上がると窓の方へと向かう。
「そうそう、ここから見る中庭の景色が綺麗らしいで。ちょっと寒いかもしれんけど、開けてもええ?」
大きな障子に手を伸ばしかけた所で、座ったままの亮治にその手を強く引かれた。
構えてなかった体は呆気なくバランスを崩し、亮治の胡座の上に乗っかってしまう。
「ちょっ、お前何を...」
「我慢の限界。ちょっと黙って...」
シーッとするように唇を人差し指で押さえられ、ドキドキしながら少しだけ瞼を伏せる。
それを了承と取ったか拒絶と取ったのか、痛いほどの力で抱き締めてくると呼吸まで奪うように分厚い唇が俺の唇をしっかりと覆った。
今までも何度かキスはしたけれど、それはチュッチュッと表面を掠めるだけの物だった。
こんな息もできないキスなんて知らない。
おずおずと腕を伸ばすと、その広い背中に夢中でしがみつく。
本当に息ができなくてその背中を軽くタップすると、亮治は渋々唇を離してくれた。
「たかちゃん...もっとしたい......」
熱に浮かされたようなトロリと蕩けた瞳に、胸も頭もアソコもジクジクと痛んだ。
長い指は俺もその気にさせようとしているのか、ゆっくりと下唇をなぞる。
「できるわけ...なかろうが。鍵もかけられんし、外歩く人から見えるかもしれんし、それに...なんも準備しとらんし」
引き戸は、普通に歩いてる人の視界辺りは磨りガラスになっているものの、その上は中の利用状況を確認する為か普通のガラスが嵌まっている。
男性どころか、女性だって背伸びをすれば部屋を覗けるはずだ。
亮治は俺の言わんとする事がわかったのか、在室を示すように座卓の上に持ってきたカバンをわざわざ乗せ、俺の腕を引きずる。
そのまま、確かに上から覗いたのでは死角になるであろう入り口脇の押し入れの前まで行くと、俺の体をそこに押し付けた。
「最後まではせん。そんなん当たり前じゃろ。ゆっくりゆっくり、それこそ一晩かけてでも、俺を全部受け入れてもらわんにゃいけんのんじゃけ。それに、たかちゃんがどうしてもダメじゃった時の為に、俺も準備しとく約束じゃったろ? でも、たかちゃんに触りたいんよ...キスだけでええけ...もうちょっとだけさせて」
切羽詰まったような、甘くて苦しげな顔。
俺はどうにもこの顔に弱い。
今度こそ了承の気持ちを伝えようと、俺は亮治に向かって腕を伸ばした。
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