15 / 32

15

もうそれぞれホテルのチェックイン時間を過ぎてるからなのか、さっきよりもいくらか歩いている観光客の数が増えたように思う。 人の目が気にならないわけはない。 けれど、しっかりと握ったままで歩く亮治の手を離す気にはなれなかった。 宿泊先のホテルまで戻りクロークで荷物を受け取ると、改めてフロントでチェックインの手続きを行う。 外湯巡りの対象でもあるこのホテルも、最大の自慢は温泉らしい。 俺達が泊まる部屋にも小さなユニットバスは付いているのだが、日付が変わるまで自由に入れるという大浴場は是非入浴してもらいたいと力説された。 時間制で貸し切りにできる露天風呂もあると教えてはもらったけど...こちらはきっと俺がまた冷静でいられなくなるだろうから慎んでお断りする。 食事はビュッフェ形式になっていて、18時から21時までメインダイニングホールが開放されるらしい。 残しさえしなければ、最初から最後までずっと食べてていいんだそうだ。 このホテルに決めた理由の一つがこのビュッフェでもあるから、目一杯堪能したい。 フロント前のラウンジでは、名産だという『紅ふうき茶』を無料でサービスしてくれるらしい。 これはおそらく、外湯巡りとして次々に何軒も温泉を回っているお客さんを対象にしてるんだろう。 そういえば、昼御飯を食べた店でお土産にと貰った飴も紅ふうき飴と書いてた気がする。 普通の緑茶と何が違うのかはわからないけど、さっき道後温泉本館で食べた坊っちゃん団子と合わせて家族へのお土産にしてもいいかもしれない。 館内には他に土産物店、寿司屋、カラオケボックス、スナック、ゲームセンターが併設されてるそうだ。 土産物くらいは見に行くかもしれないけれど...他は俺達には無関係だ。 未成年の俺達がスナックなんて入れるわけはないし、寿司屋に改めて行かないといけないほど腹に余裕を持たせるつもりはない。 カラオケやゲームセンターなんてわざわざ旅行に来てまで行かなくてもいいと思ってるし、何より...そんな事してる時間も気持ちの余裕も無い。 寝る時の布団はどうすればいいのかを訊いてみると、全室ベッドになっていると言われた。 てっきり布団だと思ったと素直に言うと、『2年前に全面リニューアルをし、その時にベッドを利用する事になった』とフロントマンは穏やかな口調で教えてくれた。 海外からの観光客が増えてきている事、また高齢の人の寝起きが楽な事を考慮しての事なのだそうだ。 どうしても布団に寝たいという外国人のお客さんもいるそうで、必要ならそちらも用意できると言われたけど、まあ大丈夫だろう。 今日の俺達には、布団がいいのかベッドがいいのかなんてわかりゃしない。 どっちだろうがやる事をやるだけなので、ホテルの人の手を煩わせる必要は無い。 案内は断り鍵を受け取ると、俺達はエレベーターに乗り込んだ。 二人きりになると、やっぱりちょっと緊張する。 組み敷かれる事をあれほど不本意だって思ってたはずなのに、今のこの緊張は不快感からじゃないと思う。 さっきの風呂上がりのキスで気付いた...思い知らされた... 俺はたぶん、亮治に早く抱かれたいって思ってる。 そんな気持ちもやっぱりお見通しなのか、手の中の鍵をツッと抜かれた途端チュッと額にキスされた。 「そんな顔せんとって。俺もほんまは今すぐ部屋に籠りたい気持ちあるんじゃけ。でもね、せっかく二人きりの旅行なんじゃし、その為だけに来た!みたいになるんは嫌なんよ。毎年毎年この時期になったら『あの飯は美味かったね』『二人でこんな事もしたね』って楽しかった思い出話したいけん。ほいじゃけ、今はちゃんと幼馴染みの卒業旅行として目一杯普通に楽しも? ね?」 扉が開き、俺達の泊まる9階で降りる。 一歩先に進む亮治の背中をバシーンと叩き、精一杯年相応の顔で笑ってみせた。 「部屋入ったら一服して、それから大浴場行くぞ。んで、部屋戻ったら晩飯までちょっと寝ようで。俺、ちぃと疲れたわ。ほら...晩飯死ぬほど食わにゃいけんし...夜も何時に寝られるかわからんじゃろ?」 「あ...今のたかちゃん、ぶち可愛い...やっぱり籠る? 今から籠る?」 「バカか。やる為だけの旅行にしとうないんじゃろ。ほら、早よ行くぞ」 「あ~ん、カッコつけにゃ良かったぁ」 そんな風に言いながらも嬉しそうな亮治。 いつもと変わらない、ちょっと兄貴ぶるような口調の俺。 俺達はごく普通の幼馴染みの顔で部屋の鍵を開けた。

ともだちにシェアしよう!