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ホテルをチェックアウトし道後温泉駅に向かうと、今日は普通に来た少し古い電車に乗る。 広島の市電でもなかなか見かけなくなった板張りの床に、坊っちゃん電車に乗った時よりも不思議とテンションが上がった。 松山駅ではなく、途中の大街道で降りる。 目の前には随分と立派なアーケード商店街があり、ロープウェイ乗り場まで更に賑やかなショッピングロードになっていた。 のんびりのんびり歩きながら、途中で見かけた念願のジャコ天を頬張る。 俺達が『ジャコ天』と言えば、鰯を骨ごと磨り潰したちょっと黒い揚げかまぼこの事だ。 なんでも関西の一部では『ほねく』とも呼ばれてるらしい。 しかし愛媛のジャコ天は俺達の知ってる物とはちょっと違っていて、表面は綺麗なきつね色だ。 方言で広島の人間だとわかったらしい店の人が、俺達が美味い美味いと食べる姿に喜んで声をかけてくれた。 なんでも愛媛のジャコ天には『ハランボ』というムツに近い小さな白身の魚を使っているんだそうだ。 確かに普段から食べているジャコ天に比べるといくらか柔らかく、癖も匂いも薄い。 同じ骨ごと磨り潰す物でも随分違うものだと感心している隣で、亮治は嬉しそうに二枚目を注文していた。 綺麗な店が並んでいたおかげで大した距離を感じる事もなく、ロープウェイ乗り場に到着する。 本丸に向かうには、ロープウェイだけでなくリフトもあるそうだ。 本心ではこちらに乗りたかったのだが...なにせ今日はあまりにも腰の状況が悪すぎる。 寝起きよりもマシになったとは言え、まだ本丸の降り場から天守閣まで歩かなければいけない事を考慮すれば、少しの揺れや震動も避けておきたい。 仕方ない事とは言え亮治を恨みがましく睨みつつ、俺達はロープウェイの方に乗車した。 少しずつ山肌を上り、喧騒から遠ざかっていく。 わずか5分にも満たない移動で、空気はガラリと変わった。 これが日本屈指の名城の持つ荘厳さなのだろうか。 ロープウェイを降りたその場こそ土産物屋なんて俗っぽい物はあるが、そこから先はまさに実戦の為の鉄壁の防御を誇る雄大な光景が広がる。 できれば時間をかけて二の丸庭園も見てみたかったが、広さを考えれば自分の体がもたないのはわかりきっている。 きっと次の機会があるだろう...と今回はそちらは諦め、真っ直ぐに天守を目指した。 立派な石垣に沿って緩やかな坂道を上がる。 目の前にそびえる天守までここからは一直線かと思いきや...ここからが難攻不落と呼ばれた城の本領発揮。 大手門跡を過ぎた所で道は大きく折り返した。 これもすべて、敵に攻め入られた時に天守への最短距離を採らせない為に計算しつくされた設計なのだという。 元気な時に回りたかったと本気で思うほど興味深い場所だ。 不必要なほどに多い門は上から石や槍を落とせるようになっているし、左右の壁には弓を射かける為の中が広く外が狭い独特の形の出窓が並ぶ。 その間に見える小さな窓は、鉄砲用の窓らしい。 細かく折り目の入ったように組まれた石垣も、ありとあらゆる角度から攻めてきた兵士を迎え討つ為の物なんだそうだ。 元々スタスタとは歩けない今の俺の足が時折止まるのを、亮治は急かすような事はしない。 興味深く下から横からそれらを覗きに行くのをただ楽しそうに見ながら、嫌な顔もせずに着いてきてくれた。 屏風折と呼ばれるそれらの石垣を抜ければ、ようやく少し開けた場所に出る。 ここが本丸広場で、更にもう数段高い場所に見えるのが櫓や小天守で四角に囲まれた『連結式天守』と呼ばれる目的地だった。

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