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第113話 実家の団欒

 すっかり懐いた黒猫のミュウを膝に抱っこして、艶やかな毛皮を堪能している僕に、ソファの後ろから僕を覗き込んだ涼兄が声を掛けてきた。 「凄いな、理玖。そいつ俺には全然懐かないんだぜ?」  そう言うと、手を伸ばしてミュウを撫でようとした。途端にさっきまでゴロゴロ言っていたミュウは、パッと身体を起こして僕の膝から降りて行ってしまった。 「あ!もうっ、涼兄のせいで逃げられちゃったじゃないか。僕今日しか可愛がれないのにっ。」  僕が涼兄を睨んで文句を言うと、苦笑いしながら涼兄は頭を掻いて謝った。 「悪い。それより理玖、久しぶりに会えたのに俺にお帰りもなしか?」  僕は肩をすくめて涼兄に返した。 「全然久しぶりじゃないでしょ。確かに家で会うのって3週間ぶりだけど、大学のカフェで何度か一緒に食べてるし。」  涼兄はニヤッと笑って、僕の癖っ毛を大きな手で掻き混ぜるとボヤいた。 「そんな事言ったって、俺とろくに話もしないだろ?理玖は篤哉とイチャイチャしてばっかりでさ。一緒に住んでるんだから、何も四六時中イチャイチャする必要ある?  理玖は兎も角、篤哉はもうちょっと我慢すべきだ。まったく。」  僕はそんなに人前でいちゃついてたかしらんと思い返しながら、眉をしかめた。 「ほんと、自覚ないんだな。…そうだ、丁度良い機会だから理玖には先に話しておくけど、俺この家出て、一人暮らしする事にしたから。もう、中々会えないと思うぞ?」  僕は涼兄を見上げた。僕自身が家を出てるから、人の事は言えた義理ではないけれど、それでも僕は思わず尋ねた。 「何で?この家だって、大学近いでしょ?」  涼兄は屈んでいた身体を伸ばすと、急にそっけない態度で言った。 「まぁ、俺にも色々事情があるんだよ。どうせ来年には家出る予定だったからなぁ。時期を早めただけだよ。…ちょっと風呂入ってくるよ。」  そう言ってリビングを出ていく涼兄の後ろ姿を見ながら、僕はすっきりしないものを感じていた。涼兄が部屋を出ると直ぐに僕のところに戻ってきたミュウが甘えた声で鳴くので、僕はもう一度膝に抱き上げた。 「ねぇ、何だか涼兄怪しいよね。きっとハッキリ言えない何かがあるんじゃないかな?あっくんは知ってるのかな?でも、涼兄が言わないって事は、きっとあっくんも僕には言わないだろうな…。  凄い気になるけど、僕に話してくれるまで我慢するしかないよね?ミュウ?」  僕は皆が大人になるにつれ、それぞれが自分軸で行動するのは仕方がないとは分かっていたけれど、それでもちょっと寂しい気持ちがしたんだ。  こんな日にあっくんに甘えられないのは寂しさを増しちゃうなと苦笑しながら、僕はミュウの温かな匂いを嗅いだ。

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