25 / 76
第5話 俺が好きなのは(1)
十月下旬のとある週末。関東高校区域の新人陸上競技選手権が開催された。
新人大会は選抜形式であり、参加選手は各種目三位までの入賞者に限られる。先日、選考を兼ねた大会が行われたのだが、明は見事に出場権を獲得したのだった。
(くそお、やっぱアイツかっけえ~……)
この日、明の勇姿を見ようと、千佳も会場である都内の陸上競技場を訪れていた。
トラックではユニフォームに身を包んだ選手たちが、最後のウォーミングアップをしている。千佳のいる応援席は距離がやや離れているものの、明の姿はすぐに見つかった。
明の出場種目は、男子110Mハードルだ。学校でもグラウンドで練習している様子を見ていたけれど、競技場で見るユニフォーム姿は、いつにも増して格好よく思えてならない。
やがて競技時間が近づいてきたのか、スターティングブロックをセットする選手が出てきた。ハードル数台を跳ぶ試走が始まれば、いよいよといったところで千佳も息を呑む。
(頑張れよ、明……)
祈るように視線を送っていたら、不意に明と視線が合ったような気がしてドキリとした。応援に行くとは言っておいたけれど、まさかこちらに気づいてくれたのだろうか。
(なんて、な! 自意識過剰だっつーの)
甘ったるい考えに、自分のことながら苦笑してしまう。そのうちにも選手全員がスタート地点に立ち、選手紹介が行われた。
『第三レーン。瀬川明くん、T高校』
名を呼ばれ、明が一歩前に出て礼をする。彼の表情は真剣そのものだ。
それから会場は一気に静まり、《オン・ユア・マークス(位置について)》と合図がなされた。
選手たちがスターティングブロックの前に移動してくる。地面に手をついて姿勢を整えると、そこから静止し、《セット(用意)》の合図で腰を上げた。
緊張の一瞬。間もなく、スターターピストルが鳴って――選手たちが一斉に走り出す。
応援の歓声と拍手が沸き起こり、千佳も負けじと声援を送った。
スタート時点では選手間に差がないように思われたが、四台目、五台目のハードルを越えたあたりで徐々に差が開いてくる。
明は先頭の選手に次ぐポジションだ。安定したフォームで、ハードルのすれすれを跨ぐように越えていく。そしてスピードを維持したまま、順位を落とすことなくゴール――あっという間の出来事だった。
ともだちにシェアしよう!