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第5話 俺が好きなのは(4)

(……今、なんて?)  どうか聞き間違いであってほしいと思った。しかし現実は非情で、調子のいい安田が嬉々として声を上げる。 「瀬川もついに彼女持ちかよ! こりゃ女子が泣くぜ~」 「安田、声デカいって!」  沢村が慌てて注意するも、近くにいた生徒たちが関心を示していた。ただ一人、千佳だけが状況についていけない。  しかしクラスメイトがいる手前、何も訊けなかった。授業開始五分前の予鈴が鳴って、昼休みは終わってしまう。 (そんな……嘘だろ)  頭の中は明のことでいっぱいだった。  午後の授業を受けていても身が入らず、そして結局何も言い出せないまま、気がつけば放課後を迎えていた。 「また明日な、明」  友人らに混ざって別れの挨拶を告げると、千佳は振り返ることなく教室を出る。いつものように笑えている自信はなかった。 (いずれこうなるに決まってただろ。わかってたのに、どうしてこんな……)  校門に向かう道すがら考える。明の想いが報われるにせよ、報われないにせよ――いつまでも自分が隣にいられるわけがない。頭ではわかっていたはずなのに、いざこうして突きつけられたら、胸が張り裂けそうな思いだった。 「ヒビチカさあ、なんか悩みとかあるん?」 「お前、そんなふうに訊いちゃう!?」  安田の言葉に沢村がツッコむ。彼らの存在をすっかり忘れていた千佳は、ワンテンポ遅れて返した。 「いや、なんで。別に何もねーけど」  言うと、二人は顔を見合わせた。 「どうする?」とアイコンタクトが交わされているようだったけれど、校門前の停留所にバスが到着すれば、そんなこともしていられない。一同はみな一目散に駆けだして、バスに乗り込むのだった。 「そんで、さっきの続き」  つり革を掴んで一息つき、今度は沢村が声をかけてくる。 「な、なんすか」 「本当は口止めされてんだけど」 「?」  少しの逡巡。千佳が首を傾げれば、沢村は意外なことを言った。 「実は、瀬川に言われたんだよね。お前のこと気にかけてやってくれないかって」 「えっ」  どちらかといえば、明はあまり自分から人と関わろうとしないタイプだ。この二人と接するときだって、千佳を介するのがほとんどだったので純粋に驚いてしまう。  話によると、明は「俺だと話しづらいことかもしれないから」と口にしたらしい。それで、先ほどのやり取りに繋がったらしいが……、 「だってのに、安田があんな直球勝負しかけるからっ」 「いやいや、ほかにどう聞き出せってんだよ!」 「ったく、これだから安田は。……ああ、もちろんチクったりしないし、何かあるんだったら話せよな?」

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