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第5話 俺が好きなのは(6)
「おい、日比谷!?」
「忘れ物したの思い出したからっ!」
それだけ言って、千佳は夕焼けに染まる道を駆け出す。
頼むから間に合ってくれ――祈るようにスマートフォンを取り出し、すぐさま明に通話をかけた。ワンコール、ツーコール、とコール音が鳴るたびに不安感が増していく。
『もしもし?』三回目のコール音で明が通話に出た。『悪い。先輩と話の最中だから、用があるなら……』
「明はそれでいいのかよ!」
開口一番に声を張り上げると、電話の向こうで、明が息を呑む気配があった。
千佳は返事も待たず、勢いに任せて早口で捲し立てる。
「自分に嘘ついて他の相手と付き合って! それで気が済むような、そんな程度の気持ちなのかよ!? 違うだろっ……見ててわかんだよ、お前が一途に相手のこと想ってんの! 痛いくらいにわかんだよ、俺っ――」
我ながら、なんて悲痛な叫びだろう。喉はカラカラで、息も弾んでいるし、みっともなくて聞けたものではない。でも、今言わなければ絶対に後悔するに違いなくて、ただただ必死だった。
『お前……なんで、そんなこと』
「俺のことはっ、いーから!」
対する明は何か言おうとしているようだったが、遮るように言葉を被せた。走りながら喋る行為は想像以上に体力を要して、早くも限界を迎えようとしていた。
「明ってほんっと、いつも人のことばっか。ンなことより、たまには自分に正直になれっての……まだ諦めつかねーなら、つかねーで他にやることあんだろ!?」
力を振り絞ってどうにか言い切る。
最初の勢いはどこへやら。とてもじゃないが、もはや言葉を紡ぐ余力なんてなくて、千佳は通話を終えた。
言うだけ言って、あとは走るだけだ。明がどのような選択を選ぶにせよ、今度は自分の気持ちに決着をつけるために。
(俺、マジでバカだな。感情的になって……こんなことしちまうなんて)
己の体力のなさを恨めしく思いつつ、一度立ち止まって少しだけ息を整える。
それから再び全力疾走――もう校舎は目の前だ。
勢いそのままに校門を抜け、昇降口まで一気にダッシュする。見れば、明の靴はまだ靴箱にあった。
校内の告白スポットなんてたかが知れているし、わざわざ本人に訊かなくても、場所はおのずと限られてくる。千佳は靴を履き替えると、階段を二段飛ばしで駆け上がった。
(今まで、どんだけ告ってきたと思ってんだよ!)
候補はいくつかあるけれど、本命といったら間違いない。放課後の学校で、なかでも特に人目につかない場所は――、
「………………」
屋上に続く階段の踊り場。そこに、明の姿はあった。
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