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第5話 俺が好きなのは(8)

「………………」 「な、なんて言われても困っちまうか! 勿論、明の気持ちはわかってるし、返事もいらねーからさ。今までどおり友達でいようぜ?」  押し黙ってしまった明に対し、千佳は精一杯の笑みを浮かべて告げた。  明への恋愛感情をなかったことにはできないが、二人の友情を壊すつもりもない。  ただ、今までどおりでいられたらいい――これが自分たちにとってのベストだ――と、考えていたのに、 「……なんでそうなんだよ。こっちの気も知らないで」  明が低く言う。何もかも上手くいくと信じていただけに、千佳は言葉を失った。  相手も同じように、今までの関係を維持したいと思っているに違いない。なのに何故、複雑な表情をしているのだろう。 「もしかして、もう友達には戻れないと思ってる?」  その一言で、明は虚をつかれたような顔になった。千佳の中で焦りが増していく。 「だだっ、大丈夫だって! 俺ら、『絶交だ』って言いあったときもあったけどさ、何度だってやり直してきたじゃん!」  千佳自身も悩んだものだけど、最終的に思ったのだ――ほかでもない明となら、何があろうとも親友であり続けることができるはずだと。だから必死になって声をかけた。  しかし、はっきりと本人に否定されてしまう。 「違う。そういうことじゃない」 「『そういうことじゃない』って……俺、別に自分の気持ち押し付けるつもりねーし。気になるなら、前みてーにベタベタ触らないようにするし」 「だから、そうじゃなくて……」  明が視線を逸らす。そう切り出しながらも、言うか言うまいか迷っている様子で、途端に歯切れが悪くなった。  しばらく黙り込んだのち、大きな嘆息が聞こえる。千佳は思わず身構えた。 「嫌だ、聞きたくねえっ!」 「はあ!?」  突然の叫びに明も驚いたようで、ぽかんとした顔をする。  だが千佳は構わず、駄々っ子のように首を振った。これ以上、明の口から拒絶の言葉など聞きたくない。だって、それは死刑宣告にも等しいものだろうから。

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