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第7話 一緒にいると触りたくなる(1)

 いつもどおりの平日の朝。  千佳が家を出ると、ちょうどタイミングよく明と鉢合わせた。昨日の今日なので気恥ずかしく思いながらも、千佳は小走りで駆け寄っていく。 「明、はよっ」 「よお」  普段と変わらぬ挨拶なのに、何故だかこそばゆい。幼馴染み兼、恋人――二人の新しい関係を意識すれば、自然と胸がドキドキしてしまう。 (明と……恋人になったんだよな)  バスの停留所までの道すがら、千佳は隣に視線を向けた。  背が高くて引き締まった体に、端正な面立ち。同性から見ても、明は男らしくて格好いい――つい見惚れていたら視線を感じたらしく、明がこちらを見てくる。 「なんだよ」 「いや、恋人になったんだな~って見てただけ」  昨夜も遅くまでLINEでやり取りをしていたのだが、まだ実感が湧かないというか、気分がふわついて仕方がない。  今までずっと一緒にいたのもあって、何か変わったかといえばそうでもなく。けれども、こうして隣にいるだけで、幸せな気持ちになれるのだから不思議だった。 「……今週末、どっか行くか?」 「えっ?」  突然の誘いにドキリとする。この流れで口にするということは、デートに誘われているとみていいのだろうか。 「土曜なら部活ねえし。そっちも予定ないんだったら」 「行く! そんなん全力で行くわ!」 「すげー食いついてくんじゃん」 「だって初デートだろ? へへ、楽しみ!」  こんなの喜ばない方が無理という話だ。千佳が目を輝かせて言うと、明は少し照れた様子で顔を逸らす。 「お前な……学校でもそんな顔してんなよ?」 「明こそ~」 「俺は普段と変わんねえし」 「心なしか、口角が上がってるような気がすっけど?」 「ンなワケねえだろ」  イタズラっぽく指摘したら、即座に否定された。しかし、明はさりげなく手で口元を隠していて、千佳はクスッと笑みを零すのだった。 (案外、明も可愛いとこあんだなあ)  いつだってクールな男で、あまり感情を表に出さないというのに、意外と照れ屋なところがあるのかもしれない。  長い付き合いにも関わらず、千佳でさえも知らなかった一面を知れたのが嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。すると、不意打ちのように明の手が伸びてきて、いきなり髪をぐしゃぐしゃと乱された。 「ちょっ……お!? うわーっ、せっかくセットしたのに!」 「うるせえ。いつまでもニヤニヤしやがって」  明はぶっきらぼうに言い放つと、そのまま先を歩いていく。  千佳は慌てて後を追いかけ、乱れた髪を整えつつ文句を口にした。だが、内心の喜びは隠せない。 (なんか、こーゆーのいいよな)  いつもどおりの日常に、ほんのりと甘いエッセンスが足されていく。その感覚がとても心地よくて、千佳の顔には笑顔が浮かぶのだった。

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