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第7話

 宮本君に連れて行かれたのは美容室。  なんでも自分のお兄さんが美容師でユーチューバーをしているらしく、仲の良い友達同士で他人を変身させる動画を撮っているんだとか。  僕が泣いてしまってから、宮本君の行動は早かった。  僕にお金があるかどうか聞いてから、すぐに自分のお兄さんに連絡を取って僕を変身させる算段をつけてしまった。  そうしてさっさと僕を大学から今いる美容室まで連れてきてくれて……。  『嫌だったら言ってくれ。……今更だが……』  美容室に行く道中に彼からそう言われて、僕は思わず吹き出してしまった。  『そうだよ……』  僕が笑ったことで幾分宮本君もホッとした表情を向けてくれて  『すまないな……、どうにかしたくて……』  ポリポリと気不味そうに顎を指で掻いている宮本君に、僕は  『ううん、ありがとう宮本君』  と、お礼を返して笑顔を向ける。  「初めまして宮本、兄です」  「初めまして、本郷です。……、突然すみません」  店に着いてから、宮本君のお兄さんと挨拶を交わして中へと入る。  人生で初の美容室だ。  今までは実家に帰る度に髪は姉に切ってもらっていた。小さい時はΩの母親に切ってもらっていたが、姉が高校生の時から姉に切ってもらっている。  「気にしないで、可愛い弟の頼みは最優先なんで」  お兄さんの周りの友達も美容師をしている人だったり、スタイリストが多いのだとか。  お店はスタッフとお客さんで賑わっているが、うまく調整をしてくれたみたいで僕は個室に案内される。  このお店はお兄さんがオーナー兼美容師として働いているらしく、今から案内される個室でユーチューブ撮影もしているらしい。  「弟から連絡もらって急いで洋服買ってきてもらったから、苦手な形とか素材があるかも」  階段を上がりながらお兄さんがそう言ってきてくれるが  「あ……大丈夫です」  ファッションに関して無頓着な自分に、好みも何も無い。それよりも場違いなところにいる自覚がある僕は不安にドキドキとしているだけで……。  「そ?まぁ気に入らなければ返品出来るから安心して」  「ハイ……」  二階に上がり個室に通されると  「どうも、今日は宜しく~」  と、もう一人部屋の中に人がいて僕は会釈をする。  「こっちはスタイリストの西岡。西岡、本郷君」  「初めまして西岡です」  「本郷です。宜しくお願いします」  「ハハ、緊張してる?大丈夫だよ~俺達がうまく変身させるからさ」  ニカリと笑ってくれる西岡さんは、僕の後から入って来た宮本君を見付けると  「よう!久し振りだな」  と、嬉しそうな顔を向けて彼に近付いて行く。  「こっちにどうぞ」  それを見ていると横からお兄さんが僕に美容台の方へ座るようにと促してくるから、僕は言われた通りに椅子へ腰を下ろす。  「何か希望はある?」  座った僕の首元にタオルを巻き付け、ビニール製のマントをかけて髪質を確かめるように触る。  「特には……」  「じゃぁ、お任せで良いかな?」  「はい、お願いします」  鏡越しにニコリと笑われ、僕も下手くそな笑顔を返す。と  「オイ、一つ提案があるんだが」  僕の後ろにあるソファーに座っている西岡さんと宮本君にお兄さんが声をかけると  「今回の変身、動画撮らせてくれたら一切合切金額チャラでどうだ?」  言いながらお兄さんは僕の顔を見ると、どう?と首を少し傾ける。  「オ~~、良いじゃん。素材良さそうだし、視聴回数伸びそうって思ってた!ま、本郷君次第だけど~」  後ろから西岡さんもそう言っていて……。宮本君は何も言わないが、視線は僕次第だと言っている。  僕はキュッと唇を引き結んで……次いでは  「宜しくお願いします!」  と、返事を返す。           ◇  「化けたね~」  服を着替えた僕を見詰めながら西岡さんが呟く。  「やっぱり素が違ったんだな。俺も満足してる」  本当に満足気にお兄さんも僕を見ていて……  「兄貴って……腕が良いんだな……」  宮本君もジッと僕を見詰めながら呟いているから、僕は恥ずかしさに視線を下に向けて  「あ、ありがとうございました」  と、ペコリと頭を下げた。  顔を上げて前髪が目の前にかからないなんて、十年振り位じゃないかな……。  視界が開けて少し圧倒されるが、早くこの感覚にも慣れなければ。  「服は一応さっき言った通りで、あの組み合わせで着てくれれば一週間は着回せるから」  「ハイ、ありがとうございます」  西岡さんが事前に選んで買って来てくれた服は、サイズはピッタリで素材も申し分なかった。それに服のコーディネートも事細かに教えてもらったので、不安になる事も無さそうだ。  新しい服のまま、着てきた服と着回す服は紙袋に入れてもらって、お兄さんからはワックスを貰いお店を出ようとすると  「何か迷ったらいつでもおいで?」  と、声をかけてもらい僕は西岡さんとお兄さんにお辞儀して、宮本君と一緒にお店を後にする。  「良かったのか、動画?」  僕の今日の変身を、動画に撮られている。つまりはいつかはユーチューブにアップされるという事になるが、後悔は無い。  「うん、大丈夫だよ。僕の方こそ本当に全然お金払って無いけど……大丈夫かな?」  「それは問題無いだろ?あいつ等社会人だし、俺達より格段に金は持ってるからな」  宮本君の物言いが可笑しくてクスクス笑っていると  「明日、楽しみだな?洋介が見たらどんな反応になるのか……」  「………、そう、だね」  呟く僕は不安が半分、期待が半分だ。  見た目が変わったからといって、中身までは変わらない。洋介君が僕に興味を持ってくれたのはきっと中身だと思いたいが……、結局僕よりも魅力的な人は彼の周りには沢山いるのだ。  興味が無くなったら……。  「何か食べて帰るか?」  考え込んでいた僕に宮本君がそう声をかけてくれるので  「ア、うん。お礼させてッ」  と、宮本君とは僕の奢りで夕飯を食べに行く事になった。  夕飯を食べ終えて自宅に戻り、明日着る服から値札を取ってクローゼットにかける。  早目にお風呂に入って、慣れてない事で少し疲れていたのか僕は早々に眠りにつく。  そうして次の日、お兄さんからもらったワックスで教えてもらったように髪を整えて、西岡さんが選んでくれた服を着込むと僕は大学へと向かう。  大学へ着くと、いつもより人の視線が気になる。前髪が無くなった為に気になってしまうのだろう。  講義が始まるまで中庭のベンチに一人で座っていると  「あの……、本郷君、だよね?」  声をかけられ、視線を上にあげれば喋った事の無い同じ学科のΩの人が話しかけてきた。  「あ……ハイ」  肯定すると途端に僕の隣に座って  「え?なんで?なんでイメチェンしたの?」  と、近い距離感で尋ねられる。  「え?……なんで……?」  どう答えようかと口籠っていると、Ωの人からフェロモンが香って、僕は眉間に皺を寄せる。媚びるような甘過ぎる匂いは、吐き気をもよおしてしまうからだ。  「ちょっと……ごめん、なさい……」  ベンチから立ち上がり、足早にそこから離れる僕の背中に  「え?ちょっと、何なのッ!?」  と、取り残されたΩの人が叫んでいる。  先に講義室に行っておくか……。  僕は講義室へ向かい、後ろの方の席に座って筆記用具とノートパソコンを出すと、パソコンで課題の確認をする。  そうこうしているうちにゾロゾロと人が教室の中へ入って来るが、何人かは席が空いているのに僕の前に座るとクルリと態勢を後ろに回して  「ねぇ、なんて名前?」  「え?」  「喋った事無いよね?何君?」  何人かで一斉に僕に質問してくる人達は、βの人が何人かとΩの人もいる。  「本郷……です」  名前を尋ねられ素直にそれに答えると、気を良くしたのか  「本郷君さぁ、コンパとか興味無い?今日あるんだけど人数が集まらなくて……」  「コイツはそんなの興味無いから」  僕の後ろから宮本君がそう言って、威圧的なフェロモンを出すと、ビクリッと全員肩が揺れそのまま席を立ってどこかに行ってしまう。  「ありがとう宮本君」  「イヤ……、ごめんな本郷。こうなるって予想出来たのに、俺が安易にイメチェンさせたせいで……」  ホッとしていると宮本君が申し訳無さそうに僕に呟くので、僕は両手を左右に振り  「え?全然大丈夫だよ。人から話しかけられるってあんまり経験無かったから驚いたけど……ちゃんと断れば大丈夫だから」  「そうか?けど何かあったら言ってくれな?」  「うん、そうするよ」  僕は他のαよりもフェロモンが薄い。だからさっきみたいな威圧的なフェロモンが出せないのだ。  フェロモンが薄い事で、Ωは勿論の事βの人にとっても近付きやすい。  予想はしていたが、こんなに話しかけられるとは思ってなかったから、少し自分でも驚いているのは確かだ。けれど、ちゃんと断ったり先程みたいにフェロモンで近付いてきても逃げれば大丈夫。  やはりΩフェロモンは、洋介君の匂いが一番良い。  「てか、結構噂になってるぞ?」  「何が?」  宮本君が自分のノートパソコンを出しながら、ニヤリと僕の方へ顔を近付け  「お前がイメチェンして、あのαは誰だ?って噂になってる」  「え?」  じゃ、じゃぁ朝から人に見られてる感じは前髪が無くなった事じゃ無くて……?  「モテ期が来たみたいだな。なんなら洋介よりも良い相手を探したら良いんじゃ無いか?」  何気なく言った宮本君の台詞に苦笑いを浮かべながら僕は  「アハッ……、それは無理、かな……」  きっと僕にとって、洋介君以上の人なんて見付からないと思う。  僕に持っていないものを持って、自信に溢れ自分の好きなように行動が出来る人。そんな彼に惹かれてしまうし、かと思えばちゃんと人に対しては優しいところも見せれる。  僕に対しては我が儘だったり、子供っぽかったりするけど、それはきっと僕に甘えてくれてたから……だと勝手に僕が思ってるだけだけど……。  それにやっぱり洋介君の匂いにしか反応しない。  彼にとって僕がどんな存在であっても、僕はそう彼の事を思っているから……。  「俺、今惚気けられてる?」  スンと表情を固くして宮本君が呟くので、僕はハッとして  「イヤッ……、違……わ無い、けど……」  「オイオイ、否定してくれ……」  「宮本君ッ」  アハハッと二人で笑い合っていると  「オイ昴ッ……」  後ろから突然肩を掴まれてグイッと後ろに引かれる。  僕はその反動で上半身を後ろへ向けると、不機嫌丸出しの顔で洋介君が僕を見下ろしていて……。  「ど、どうしたの?」  彼がどうして不機嫌なのか解らない僕は、驚いてそう呟くと  「ちょっと来いッ」  グイグイと僕を引っ張る彼に、僕は少し待ってもらってから鞄の中に机の上に出している一式をしまうと席を立つ。  「代返はしとくよ」  そう言ってくれた宮本君に、洋介君はギッと睨み付けるような顔を向けて僕を連れて行く。  「ちょっと……どこに行くの?」  手首を掴まれズンズン歩いて行く洋介君に引き摺られるように、僕も後をついていくと空き教室へと入った彼がクルリと振り返り  「何お前……その格好?」  「え?」  僕の頭から爪先まで不機嫌そうに視線を巡らせた彼が、僕にそう言ってくる。  僕は洋介君になんて説明したら良いのか考えてしまう。まさか洋介君が僕の見た目を恥ずかしいと思っていたからイメチェンしたんだとは言えない。  「あ~~~……」  言葉を濁す僕に彼は更に不機嫌になって  「何だよお前急に色気づいて、誰にモテたいワケ?気持ち悪ぃから止めれば?」  一気に捲し立てるように洋介君が僕に言ってくる。  僕は冷たい冷水を浴びたように、お腹の奥がヒュッとなって言葉を失う。  ………………、何がいけなかったんだろうか?洋介君が恥ずかしくないように僕の中では精一杯したつもりだったのに、まさかこんな事を言われるなんて……。  「駄目……かな?………、宮本君も手伝ってくれて……前に比べたら良くなったと思うんだけど……」  本当に駄目なんだろうか?まだこれじゃぁ洋介君が思っている相手には程遠いイメージなんだろうか?  恐る恐る言った僕の台詞で、彼はチィッと大きく舌打ちすると  「また宮本かよ……。お前俺じゃ無くて宮本の方が良いんじゃ無ぇの?」  -------ドクンッ。  彼の言葉に更に血の気が引く。指先が冷たくなっていく感覚に、僕はゆっくりと口を開くと  「………………、そっか。解った……」  それだけ喉から絞り出して、掴まれている手首を腕を振って解くと、洋介君から背中を向ける。そうしてそのまま教室を出ようとすると  「オイッ!話はまだ……ッ」  彼が僕の背中に向かって叫んでいるが、僕はもうこれ以上聞きたくなくて教室のドアを静かに閉めた。

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