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第8話

 あれから数日。  大学にも行く気がしなくて、僕はずっとズル休みしている。  宮本君からは体調大丈夫か?とラインがくるけど、返信するのも億劫でそのまま放置していると、かぶってる講義だけは代返してくれたりノートをとってくれているみたいだ。  僕は部屋のカーテンも開けずに、ずっと取り溜めしていたアニメを朝から晩まで見ているようで、見ていない。  もう、何もかもがどうでもいい。  洋介君からも電話やラインが入ってきていたが、音がうるさくてとうとうスマホの電源を切った。  僕は、彼に選ばれなかった。  その事実に死にたくなるほど落ちている。  自分でも嫌いな女顔を出して、彼が恥ずかしくないようにイメチェンをしたけど、結局は彼が思うような自分にはなれなかったのだ。  『気持ち悪い』  最後に彼からもらった台詞。  やっぱりこんなヲタクが色気づいてイメチェンしたところで、気持ち悪いんだな……。  洋介君の台詞を思い出しては死にたくなるほど恥ずかしさが込み上げて、バタバタと悶えてしまう。  付き合えない。や、嫌い。より殺傷能力が高いよ……。  「あ~~~、大学行きたくない」  このままここで息を引き取りたい。  次に彼に会ってしまってどういう顔をすれば良いんだろう?  そもそも気持ち悪い僕なんか視界に入れたくないよね?  「はぁ……」  何が駄目だったんだろう……。色々自分の中で考えてはみるが、結局洋介君では無い限り僕には解らない。そんな事をずっとグルグルと考えている。  明日は課題を提出しないといけない講義がある。その講義の教授はきちんと授業に出て課題を出さないと単位をくれない人だから、嫌でも明日は行かないと行けない。  けど、洋介君も同じ講義を取っているのだ。そして彼も例に漏れずちゃんとその講義には出る。  と、言う事は嫌でも会う確率はあるワケで……。  「ハァ~……、嫌だよ……」  心の底から思っている事が口をついて出るが、独り言はテレビの音で掻き消される。  嫌だと思っていても次の日はやってくる。  僕は課題を出す講義だけに行こうと、ダラダラと準備を始めて、重い足取りで大学へ向かう。  ロッカーから講義室へ向かう時も、洋介君がいるようなところは避けようと思って、普段あまり歩かないところを通って向かう。  結構大回りになるのだが、会うリスクを考えればこっちの方が今の僕の気持ち的にも楽だ。  割と人通りの少ない廊下を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえて、ビクッと体が揺れる。  「洋介大丈夫~?」  声の主は洋介君の周りにいる人達の声だ。けれど台詞を聞けば近くに洋介君もいるようで、僕は咄嗟に廊下の影に隠れてしまう。  次の講義があるのに、何で彼もこっちにいるんだろう……?  「もう喋れないんじゃ無い?」  「苦しいね~?けど、もう少しで楽になるよ~」  ………………。なんだか、言ってる事が……。  洋介君の体調が悪いのか、周りの人達は彼を心配している口振りで何処かに行こうとしているが、医務室は行こうとしているところには無い……はず。  「ちょっと、ちゃんと支えてよ」  「解ってるってッ、けどこんなになってるけど大丈夫なの?」  「今更止められるわけ無いだろ?」  「そうだけど~……」  なんだか不穏な雰囲気を感じて、僕もついて行こうと音を立てずに彼等の後に続くと、使われていない空き教室へと入って行く。  ん?………………、何をするつもりだ?  彼等は全員洋介君に夢中で、教室のドアを誰かが閉めてくれると思っているのか、閉め忘れそのまま奥へと進んで行くと、ドサッと彼を床へ置き  「洋介~、体熱くて辛いね~?」  「すぐに気持ち良くしてあげるよ」  と、皆で彼を囲む。  僕は教室に嵌め込まれたガラスからコソッと中を覗いて、状況を判断する。  「お前等……ッ、何して……ッ」  洋介君が辛そうに囲んでいる彼等に呟くと、その中の一人がしゃがんで  「だって、洋介が悪いんじゃん?根暗君と遊び出してから全然構ってくれ無くなるしさ~」  「だからって……こんな事ッ……、犯罪だぞッ」  力が入らないのか、洋介君は起き上がろうとしているが、上半身を上げただけで立つ事は無理そうだ。それに何だが息が苦しそうで……。  「犯罪?これからお互い気持ち良くなるのに和姦だろ?」  「そ~、そ~、それにあの時言った事も謝って欲しいんだけど?」  「謝る……ッ?」  楽しそうに洋介君に詰め寄る彼等に、洋介君は何の事を言われているのか解らないみたいに聞き返していると  「そうだよ。折角俺達があの根暗君は洋介に釣り合ってないって教えてあげてんのにさ~、洋介あの時俺達に何て言ったか覚えてないの?」  その発言に僕はビクリとしてしまう。それは僕がイメチェンをした切っ掛けの場面で……。洋介君が僕の事を恥ずかしいと言った事だからだ。  けど、何で今それを話題に出すのか解らなくて僕はその場から動けないでいる。  「ハッ……そんなの、一々……覚えてねぇよ……ッ」  「だったら思い出させてあげるよ。あの時洋介は俺達の事を恥ずかしいって言ったんだよ」  ……………え?  「あんな、根暗のモッサイ奴より俺達の事をだよッ!?こんなに洋介に対して従順にしてた俺達にッ!あり得ないよねぇッ?」  ……………どういう事だ?あの時、確かに洋介君は僕に対して言ってたんじゃ無いのか?  「その後根暗君がイメチェンしてさ、洋介が相手にされないから俺達のところに戻ってくるかと思いきや、全然相手してくれないじゃん?どういう事だよ?」  ………………イヤ、俺が振られてるんだけど、ね……。それでも彼等と関係は持ってないのか?  「……ッ、そういう事、じゃねぇ……の?俺がお前等を……ッ相手にしないのって……」  「ハッ……、俺等と一緒のΩがα気取ってんじゃねぇよ。フェロモン促進剤でもう入れたくて堪んねぇんだろ?お願いしたら入れさせてやるよ?」  「誰が……ッ」  「チッ……ラチあかないねぇ?だったらαにでも犯してもらおうか?」  しゃがんでいたΩが立ち上がり、側にいたαに目配せすると、αは着ていたシャツを脱ぎ始める。  この体になって、僕は彼が輪姦されようとしている事に気付いてバンッと教室のドアを開いた。  「何……してるの?」  ドアが開いて一瞬全員がビクリと驚きに体を硬直させて僕の方に振り返ったが、相手が僕だと解ると一斉に安堵し、次いでは馬鹿にするように口元を歪める。  「なぁんだ、役立たずのα君じゃん?」  「フェロモンが弱過ぎて、洋介の事なんて助けられないだろ?」  「反対に俺達のフェロモンにやられるんじゃん?」  「言えてる~」  ギャハハッと下品に笑って、一人が洋介の側でしゃがむと  「そこで洋介が輪姦されるの見とけば良いよ?俺等が飽きたら入れても良いからさ」  そう言ってしゃがんだ奴が洋介君の髪の毛を掴んで顔を上げさせると、その唇にキスしようとするから……  「………ッなせよ……」  「あ?何だよ、聞こえねぇよ」  「彼を離せって言ってるんだッ!!」  僕は、人生で初めてって位怒っている。それは目の前が真っ赤に染まっているような錯覚になる位だ。  聞こえるように大声で彼等に向かって叫ぶと、ビリビリと周りの空気が張り詰める。  「ぁ………ッ」  洋介君の髪の毛を掴んでいたΩが、震えながらゆっくりと手を離す。  「彼は俺のΩだッ、気安く触るなッ!」  次いで叫ぶと、全員が微かに震えながらゆっくりと洋介君から離れ、怯えるように僕の横を通り過ぎて一目散に教室から出て行く。  僕と洋介君以外誰もいなくなった教室で深く深呼吸すると、タタッと彼に近付き急いで鞄の中から抑制剤を取り出す。  「少し痛いけど我慢してね」  それは緊急用に使う注射型の抑制剤で、太腿やお腹に打つタイプだ。  僕は彼の服を捲り上げるとお腹に抑制剤を打つ。  「なんで……お前………ッ」  「今は喋らずに横になって」  僕は鞄を枕代わりに彼の頭に敷くと、宮本君にラインする。  洋介君が人に襲われたが無事な事、その事で講義に出れない事。取り敢えずそれだけラインして、何も言わずに鼻をハンカチで押さえた僕は彼の側に座り込む。  幾分か時間が経って、洋介君のフェロモンも落ち着いてきた。  鼻にあてていたハンカチを取って、彼の髪を優しく撫でると、目を閉じていた彼がゆっくりと目を開ける。  「もう、大丈夫そう?」  「………ッ、あぁ……」  言いながら彼はゆっくりと起き上がり、フゥ~と息を吐き出す。  僕は彼の背中に手を添えると  「家まで送って行くよ……」  言いながら彼の腕をもう片方の手で掴み、立ち上がらせると自分の鞄を掬い上げ肩にかける。  「……お前の家が、良い」  遠慮がちにボソボソと呟く彼の言葉に、まだ本調子じゃ無い彼を近くの僕の家の方が良いか?と感じて  「解った……」  とだけ返事を返して、彼の腕を自分の肩に回す。  フラフラとおぼろげな足で何とか僕の家まで帰って来て、寝室のベッドに座ってもらうと  「何か飲む物持ってくるから」  と、寝室を出る。  「はぁ……」  閉めたドアにもたれかかり、何をしているんだと少し冷静になってみる。やはり僕の家じゃ無くて自分の家の方が落ち着いて良かったのでは?と逡巡してしまうが、彼から僕の家が良いと言われてしまっては連れて来ないワケにはいかなかったワケで……。  「嫌じゃ無かったのかな……」  彼がどうして僕の家が良いなんて言ったのかは解らない。  「考えてもしょうがないか……」  僕はもう一度溜め息を吐き出してキッチンへ向かうと、コップと水のペットボトルを持って寝室へと入る。  「取り敢えずここに飲み物置いて置くから、気分が良くなったらコレ……」  僕は鞄の中から家の鍵を取り出して、飲み物の隣に置く。  「好きな時に出てくれて構わないから。で、鍵閉めたら郵便受けの中に入れて欲しい」  それだけ言って、僕は立ち上がる。  確かスペアキーがキッチンの引き出しにあったはずだ。  「は?……どういう……」  洋介君は僕が言った事が解らなかったのか、戸惑うように聞き返してくるので  「ん?僕は取り敢えずネカフェとかに行ってるから、ゆっくり休んで」  「は?なんで?」  まさか僕が出て行くとは思っていなかったのか、洋介君は眉間に皺を寄せてそう聞いてくるが、僕は  「イヤ……、一緒の空間は嫌だろ?体調良くなるまでは使ってくれて構わないから」  自分で言って、自分の言葉に傷付く。  もし、仮にさっきのΩの彼等が言っていたようにあの時洋介君が僕に対してじゃなく彼等に恥ずかしいと言ってたにせよ、その後で僕は彼から気持ち悪いと言われているのだ。  だったら僕も彼等と同じで、洋介君の中では一緒にいたいと思う相手じゃ無いのだろう。  だったら大学近くの僕の家でゆっくり休んでもらってから帰ってもらえば良い。その間僕は何処へでも行って時間は潰せる。  僕の台詞に絶句している彼を残して、僕は踵を返すと、咄嗟にといった感じで洋介君が僕の手首を掴む。  「本気で言ってんのか?」  「え?」  何に対しての本気なのか?一緒に居たくないって事?それとも僕が家を出て行く事?  意図している事が解らなくて困って黙っている僕に、洋介君はボソボソと  「俺は……お前のΩじゃねぇ、のかよ……」  と、言いにくそうに呟くから、僕はあぁ。と答えて  「僕にとってはね。………、けど洋介君は違うだろ?」  困った顔から苦笑いに変えてそう言う僕に、洋介君は一度奥歯を噛み締めて  「俺にとっても……、お前は俺のα……だけど?」  ………………………。えぇッ!?!!?!!  「……………………。えぇッ!?!!?!!」  思っている事と、言っている事がシンクロして口から出る。  「うっせぇ……」  僕の驚いた声に洋介君は眉間に皺を寄せると  「何かお前……勘違いしてねぇ?」  「………………勘違い……」  彼にそう言われ、今までの事をマッハで思い出すが、勘違いする要素が何処かにあっただろうか?  そりゃぁ、恥ずかしいって彼が言った事は勘違いしてたかもだけど……。  「はぁ。まぁ良い、取り敢えず座れ」  掴まれた手首をグイッと引っ張られ、僕は洋介君の隣に腰を下ろす。  「一から答え合わせするぞ」  そう言って、洋介君はニヤリと笑って  「なんでいきなりイメチェンしたのか答えろ」  そう言って、彼との答え合わせが始まった。  「洋介君が、周りの人達に野暮ったい僕は恥ずかしいだろって聞かれてて……そうだなって答えてたから……」  だから、見た目だけでもって思ってイメチェンしたんだ。  「ハァ~、そっから……。俺はあの時周りにいる奴等に対して恥ずかしいって言ったんだよ」  ポツポツと喋り出した彼の言葉を、僕は聞き逃さまいと黙って聞いている。  「アイツ等俺がお前ばっかり構うから面白く無かったのか、俺が気に入ってる奴の悪口言い出したから……。いい歳して悪口とか格好悪ぃだろ?だからお前等の方が恥ずかしいだろって言ってたんだよ……、理解したか?」  「う、うん……」  何気に僕の事気に入ってる奴って、言ってた?  「したらお前イメチェンしてさ~、周りの奴等がザワつく、ザワつく。お前がモサかった時は見向きもしなかった癖に、変わった途端に声かけだして……、お前もお前で断りもせずにニヤニヤしてっからッ!」  「え?……ニ、ヤニヤはしてないよ?」  「してたんだよッ!俺がしてたって言ってんだからしてたのッ!挙げ句に宮本とイチャイチャしやがって……」  「えぇッ?み、宮本君とイチャイチャはしてないよッ!?」  どこをどう見て、僕と宮本君がイチャイチャしてるって見えたんだろう……。  洋介君の台詞を否定していた僕に対して彼は  「前から宮本とはどうなのかって聞いてただろ?アレさぁ……多分宮本、お前に気があるんじゃねぇの?」  「は……、はぁ?」  ………………、勘違いしている。洋介君が、完璧に勘違いしている……。  僕は彼に視線を向けて、至極真面目に  「洋介君、それは絶対にあり得ないから」  と、答える。  そんな僕に一瞬彼はキョトっとした表情を見せるが  「あ?絶対ってなんでだよッ?アイツお 前の前じゃ俺とかに見せた事無い顔してんだからなッ」  ………………、それは君が宮本君にとって、ライバルだからだよ……。  ハッキリと言ってあげたいが、宮本君の事を考えると言えない……。  グヌヌッと考えて出た結論が  「あのね、宮本君は片思いしてる人がいて……僕はよく相談に乗ったり、乗ってくれたりしてる仲だから……かな?」  「は?……、宮本って……お前じゃない他の奴、好きなの……?」  「そうそう、だから誤解だよ?僕と宮本君は友達だから。それ以上はお互い無いかな」  苦笑いしながら言う僕の台詞に、洋介君は少しホッとした表情を見せる。なんだかそれが可愛く見えてしまって……。と、何考えてるんだよッ、ちゃんと聞かないといけない事があるだろ?  「じゃぁ……、僕の事を気持ち悪いって言ってたのは……どうして?」  恐る恐る聞いた僕に、彼は  「あ?お前が俺以外の奴に色気振り撒いてるのがキモかったってだけ。特に宮本になッ!!」  「そ、それだけ……?」  呆気ないほど単純な答えに、僕は体の力が抜けていくのが解る。だが、僕の言葉に洋介君は少し不機嫌そうに  「それだけってなんだよッ、お前は俺にだけそうしてれば良いのに、目移りしてんじゃねぇよッ」  ………………、て、いうかさっきから洋介君の言ってる事を聞いてると……。これって本人に言っても大丈夫なんだろうか?……、けど言って彼に自覚させたい。  そういう僕の欲求が、言葉として口から出てしまう。  「それってさ……、洋介君焼きもち焼いてくれてたって事で良いの、かな?」  ポソポソと彼の顔色を伺いながら呟いた僕の台詞に、洋介君は何秒間か固まると次いでは首まで見る見る赤く染まっていく。  「あ?………ッ、な……」  ジワジワと自覚した彼を愛おしくて抱き締めたい衝動が湧き上がって溢れ、僕はガバリと彼を抱き締める。  「僕も洋介君の事好きだよ……。ありがとう、僕の事好きになってくれて……」  抱き締めて呟いた僕に、彼はオズオズと自分の腕を僕の背中に回してくれた。

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