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第9話

職場に着くと、先に出たはずの先輩の姿がなかった。 「なぁ、ちゅんちゅん。先輩は?」 「へ?望月さんですか?まだだと思いますけど…。」 「マジ?」 何でだ? 他にも何人かに聞いてみるが、誰も先輩の姿は見ていなかった。 結構早く出てたと思うんだけどな…。 心配になりながら営業部の前で待ち構えていると、始業時間間際に先輩は出勤してきた。 「先輩、どこ行ってたんですか?」 「別にいいだろ、どこでも。」 やっぱり冷たい。 それは俺が悪いからいいとして、なんか顔色悪い。 それに目の周り、赤い。気のせい…? 「顔色悪いです。何かありました?」 「今の俺、城崎に酷いこと言っちゃそうなんだよ。…頼むから話しかけないでくれ。」 先輩は辛そうな顔でそう言った。 何でそんなに悲しそうな顔するんですか? 「いいですよ、酷いこと言っても。話しかけられない方がツラいから。」 今すぐ抱きしめたい気持ちを抑えて、見えないところで手を握る。 握った手はすぐに振り解かれてしまった。 「ごめん…。明日まで待って…。ちゃんと気持ちの整理つけるから…。」 「分かりました…。明日ちゃんと話しましょうね?」 「うん。ごめん。」 何で先輩が謝るんだよ。 先輩は何も悪くないのに。 そのあとも先輩の表情はなかなか晴れなかった。 俺以外で先輩の顔色に気付いたのは、気に食わないが蛇目さんだった。 蛇目さんと話している先輩は、少し顔色が穏やかで、何だか少し楽しそうだった。 悔しいけど、今の俺は先輩をそんな顔にさせてあげられないんだろうな…。 今日帰ったら先輩を抱きしめていいだろうか? 那瑠に誓約書書かせて、先輩にそれ見せて、もう二度と会わないよって、そう言ったら信じてもらえるだろうか? 俺には先輩しかいないと、そう伝えたい。 「城崎さーん、ここなんすけど…」 「何だよ、お前かよ。」 「お前ってなんすか!城崎さん、俺の先輩でしょ!教えてください!」 「今教える気分じゃないから、自分で考えて。」 「冷たい!!わかりました。柳津さんに聞きます!」 先輩とのこと真剣に考えてる時にちゅんちゅんに水をさされ、冷たい返事をしてしまった。 ちゅんちゅんはプンスカしながら柳津さんのところへ行き、教えを乞いていた。 ああ、もう。 早く今日が穏便に終わって、明日になってほしい。 先輩とちゃんと話して、仲直りして、そんでまた先輩の笑顔が見たい。 今日一日全く仕事に身が入らず、俺はダラダラとパソコンを開いて就業時刻を終えた。 仕事は月曜日にちゃんと挽回しよう。 荷物をまとめて、那瑠との待ち合わせ場所に向かった。

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