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第11話

ホテルから出ると、外は視界が真っ白になるほどの土砂降りだった。 マズイな、帰れない…。 「うわぁ。すごい雨…。ねー、やっぱりお泊まりしない?」 「しねぇよ。」 「でもこの雨じゃ帰れないよ〜?」 後ろから那瑠がついてきて、俺にそう尋ねる。 こいつもしつこいな。 「さっき誓約書書いたろ。もう俺と先輩には二度と近づくな。」 「殺すとか言われたらねぇ。ナツの目、本気だったし。」 「本気だったからな。」 「怖いなぁ。いつからそんな過激派になっちゃったの?」 「マジで黙れよ。」 「黙らせたかったら、キスでもしたら?」 「…………」 ああ言えばこう言う。 まあいい。もうこのホテルを出れば、こいつと出会うことはないだろう。 もしちょっかいをかけてくるようであれば、弁護士を立てて争うつもりだ。 そのために誓約書に、約束を破ったときのペナルティも記載した。 こいつがそこまで深く考えてサインしたかは別として。 「ナツと会うだけで20万かぁ。」 「会わなきゃいいだろうが。」 「しょっちゅうは会いに行けないなぁ。」 「来んな。」 やっぱり深く考えてなさそうだ。 那瑠の発言が本気か冗談かいまいち分からないけど、本気だったら誓約書の意味がない。 もし本当に会いにくるようだったら、ペナルティの増額も含めて弁護士に相談しよう。 「でも僕と会う会わない以前に、続かないんじゃない?」 「は?」 「あのお兄さん、ゲイのことなーんにもわかってない。今が幸せならそれでいい〜って感じ。絶対続かないよ、そんなの。」 「あのなぁ…。先輩は俺がこっちに引き摺り込んだんだよ。先輩を責める権利はないから。」 「僕には関係ないし。それに、ナツが引き摺り込んだにせよ、どのみち覚悟はしなきゃいけないよ?ちゃんと色々説明したの?そういう過程すっ飛ばして、好き好きーって恋人ごっこしてたんじゃないの?」 「………。」 時々図星ついてくるんだよな、こいつ。 先輩言い包めて、先輩の周りとか、そういう大事なところ曖昧にしてきたかもしれない。 今、この機会にちゃんと向き合うべきなんだろうか。 「ナツもこの界隈長いのに、バカだなぁ。まぁ、いいんじゃん?お兄さん自信なさそうだったし?きっとナツと付き合うの、自分が不釣り合いすぎて疲れちゃったんじゃないかな〜?自覚できて偉〜いって感じだけど。」 「お前マジでいい加減にしろよ。」 「怖ーい。……あ、きたきた。直人さーん♡」 那瑠はホテルの前に泊まった外車に駆け寄った。 運転席に座るいい年したおっさんは、猫撫で声の那瑠にまんまと騙されて使われている。 俺はああはなりたくない。 「じゃあね、ナツ♡お兄さんと破局したらいつでも連絡待ってるよ♡」 「余計なお世話だ。」 那瑠は助手席に乗り込んで、一足先にホテルを後にした。 雨、全然止まない。 タクシーもつかまんねぇし…。クソ…。 「走るか…。」 早く先輩に会いたい。 抱きしめて、キスして、安心させてあげたい。 いや、安心したいのは俺の方か…。 誓約書をクリアファイルに何重も重ねて入れる。 ずぶ濡れ覚悟で、俺は駅まで走ることにした。

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