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第20話
「俺…、そろそろ行くから…。」
先輩は俺から距離をとり、身なりを整えて立ち上がる。
「先輩、どこで寝泊まりしてるんですか…?」
「どこでもいいだろ。」
先輩は吐き捨てるようにそう言った。
いいわけない。
もしも、危ない通りのホテルだったら?
先輩みたいに隙があって可愛い人、声かけられないわけない。
もしも、ネットカフェだったら?
あんなセキュリティがザルなところ、先輩を寝かせられるわけない。
もしも、誰かの家だったら?
考えたくもない。百歩譲って柳津さん家。それ以外は許さない。
「よくない。危ないところじゃないですか?どうしても家に帰るのが嫌って言うなら、俺がホテル、取っておきますから。」
「いい。今日からしばらく実家に戻るから…。」
「そ…うですか…。」
先輩は俺の申し出を断り、背を向けた。
まだすぐそこにいるのに、その背中はやけに遠く見える。
……戻ってくる…よね?
もし帰って来なかったらどうしよう。
そのまま向こうで暮らすって言われたら…?
俺は咄嗟に先輩の腕を掴んで引き止めた。
「鍵……、先輩が持ってて…?」
「…………」
「いつでも帰ってきてください…。俺、待ってますから。」
先輩は無言で鍵を受け取り、また駅の方へと足を進めた。
「先輩…っ」
大きな声で先輩を呼ぶと、先輩は振り返った。
立ち止まってくれたことが嬉しくて、俺は大きく手を振る。
「気をつけて行ってきてください!」
ずっと待ってる。
先輩が帰ってくるまで、信じて待ってる。
いつか俺たちの家に帰ってきてくれるって、信じてる。
先輩が何もなかったように、「ただいま」って、そう言ってドアを開けてくれたら、俺は「おかえり」って貴方を抱きしめるから。
夜ご飯も、お風呂も、先輩が欲しいもの何でも与えられるように準備して待ってるから。
俺は先輩がいればそれでいいから。
だから、お願いだから早く帰ってきて…。
二人の思い出がいっぱい詰まったあの部屋で、一人ぼっちで過ごすのは、淋しくて恋しくて堪らない。
駅に入って先輩の姿が見えなくなった。
渋々会社に戻り、適当に昼食を済ませて仕事に取り掛かった。
連絡…、先輩からはきっと来ない…よな…。
スマホを開いて、先輩とのトーク画面をタップする。
「え……」
ずっと未読だったメッセージが既読になった。
俺は一気に気持ちが浮上して、思わずいろいろ送りそうになって、その指を止める。
ダメ。焦っちゃダメだ…。
ゆっくり、少しずつ、一から関係を築くつもりで…。
『代わりに取引先行ってくださり、ありがとうございました。』
本当にただの業務連絡。
休んでいた時に代打で先輩が行ってくれた仕事に対するお礼。
既読はつくが返事は来なくて、諦めてスマホをポケットに入れた時、ポコンッと音が鳴った。
『どういたしまして。』
「〜〜っ!!」
たったそれだけ。
その一言だけなのに、俺は嬉しくて嬉しくて、机に突っ伏してしばらく感動に浸っていた。
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