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第36話
ほとんど生えない髭を剃り、ワックスを使って髪型を整える。
キツすぎない程度に香水を振り、服は触り心地のいい素材のものを選び、先輩に抱きしめられる準備をする。
「よし…。」
鏡の前の俺は誰がどう見ても寝不足には見えない。
完璧…のはず。
気合い入れすぎか…?
まぁいいか。先輩に格好良いって思ってもらえたら嬉しいし。
リビングから廊下、寝室に至るまで掃除機をかけ、雑巾掛けして綺麗にする。
シーツも洗濯機を回し、ベランダに干した。
10時になり、スーパーへ出かけ、パンケーキの材料と、あと夕食を何にするか考えながら食料を買い物カゴに入れていく。
好きな人のために何を作るか考えるのは幸せだ。
何なら喜んでくれるだろう?
どうしたら美味しくなるだろう?
先輩の笑顔を想像したら、俺まで笑顔になってしまう。
会計を終え、スーパーを出る。
「なんか雲行き怪しいな…。」
さっきまでカラッと晴れていたのに、どんよりとした雲が空を覆い始めた。
これだから夏が近づくと嫌だな。
ゲリラ豪雨、傘持ってない時に遭ったらたまったもんじゃない。
早く帰ろう。
急ぎ足で家に帰るが、雨は降ってこなかった。
ちょうど昼時なので、自分の昼ごはんは簡単なものを作り、さっさと食べた後、先輩のためにパンケーキを作る。
作るとはいっても、焼き立ての方が美味しいだろうから、上に乗せるクリームとかフルーツの準備だけ。
「あー…、マジで楽しみ……。」
パンケーキの準備も終わってしまい、いよいよ先輩を迎え入れるだけになった。
あと2時間もあるのに、何して待てばいいんだろう?
テーブルにうつ伏せになっていると、スマホの通知が鳴った。
急いで確認すると、先輩から。
『予定通り15時に着くように向かう。遅れそうなら連絡する。』
夢じゃなかった。
そりゃそうだよな。何回も頬抓って確認したし。
そして立っては座り、立っては座りと、ソワソワしながら先輩を待ち、14時を過ぎた。
俺の気分とは真逆に、空は暗くなり、ポツポツと雨が降り出した。
「先輩、傘持ってるかな…?」
柳津さんの家からここまで1時間くらいはかかるから、もう先輩は家を出ているはずだ。
雲行き怪しかったし、さすがに持ってるかな?
でも、迎えにいく口実になるし、勝手に迎えに行こうかな。
『先輩、傘持ってますか?駅まで迎えに行きますね。』
きっとまだ電車に乗っているはずだから、メッセージ見る余裕はあると思う。
浮かれ気分で傘を持ってドアを開けた瞬間、雨音が強くなり、滝のように雨が降り出した。
「マジか…。」
一歩出れば足がぐっしょり濡れてしまいそうだ。
まるで、先輩が出て行ってしまった日のような激しい雨。
最悪だ。タクシー使おうかな…。
そう思っていると、スマホの通知が鳴る。
「先輩かな?」
画面を見ると、そこには『ごめん。』とたった一言、それだけが表示されていた。
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