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第52話
ほぼ眠れずに朝が来た。
洗面所で身なりを整え、鏡に向き合う。
「やべぇ…。緊張する……。」
先輩が俺と向き合おうとしてくれている。
もう一度、俺にチャンスをくれようとしている。
俺はこのチャンスを手放すわけにはいかない。
誠実に向き合って、誤解を解いて、俺の気持ちを伝えたい。
先輩とまた一緒にいるために。
いつもより気合いを入れて、先輩とデートするときみたいに格好つけて…。
なんて思われるかな?
気合い入れすぎて引かれるかも…。
1時間以上早く着いて、何度も時計を確認したりとソワソワしていると、ガタンっと音がして顔を上げる。
「先輩、おはようございます…っ」
「お…はよ……」
先輩だっ!!
俺が食い気味に挨拶したから、少し引いてる気がするけど、挨拶を返してくれたことに嬉しくなる。
先輩が席に着き、俺はいつ話しかけようかと、ちらちらと先輩を見た。
俺から話しかけてもいいものか?
ていうか、普通俺から話しかけるよな?
今か?今でいいのか…?
「ずっと無視しててごめん…。」
「えっ?」
「気ぃ悪かったよな。」
「そんなこと…」
「ちゃんと話したいけど、もう少しだけ頭と心を整理する時間がほしい…。待たせてばっかりでごめん…。」
話しかけるタイミングを伺っていると、先輩から話してくれた。
謝られたけど、別に謝られることなんて一つもない。
先輩は俺の行動に傷ついた。
俺が先輩を傷つけたんだから、無視されるのは仕方がないと思う。
理由はきちんと知りたいし、誤解も解きたい。
でもそれは俺がするべきことだから、先輩は何一つ悪くない。
「全然平気です。ちゃんと先輩の気持ちの準備ができるまで待ってますから。」
グイグイ行きすぎると、先輩が困ってしまう。
むしろ発作を誘発してしまうと、先輩も辛いし。
今はとにかく待って、でも待つだけはしんどいから、適度に先輩に意識してもらえるように動くつもりだ。
「ちょっと待っててくださいね。」
先輩に一言声をかけ、俺は休憩室に向かった。
先輩の大好きな甘い珈琲。
先輩が笑顔になるから、この珈琲を淹れるのは一年目の時から俺の日課だった。
ほかほかと湯気の立ったマグカップを二つ持って、先輩のデスクに一つ置いた。
「珈琲、淹れていいんですよね?」
「うん……。ありがとう。」
先輩はお礼を言って、カップに口を付けた。
「美味しい。」と小さく呟いて、幸せそうに上がる口角が、俺は何よりも嬉しい。
あ、そういえば珈琲に合うのも作ってきたんだよな。
「先輩、早速料理も作ってきたんです。朝ごはんは食べました?」
「………食べてない。」
先輩のお腹が鳴った。
俺は先輩に手料理を振る舞い、先輩はそれを美味しそうに食べてくれた。
数分後、他の人が来て会話は少し減ってしまったけど、先輩と二人きりの十数分が何よりも幸せだった。
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