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第73話
家の最寄駅に着いて改札を出ると、先輩が立ち止まった。
心なしか表情も暗くて、少し震えている。
「先輩…?」
「ごめん。大丈夫…。」
顔を覗くと、先輩は俯いたままそう言った。
全然大丈夫じゃなさそうなんだけど。
うーん……。
「抱っこしていきましょうか?」
「は…、はぁっ?!」
冗談のつもりで言ったけど、先輩は焦った様子で顔を上げた。
本気にしたのかな?
可愛すぎ。先輩がいいなら、全然抱っこしていくけど。
「冗談ですよ。」
「騙したのか?」
「だって先輩、下ばっかり見てるから。」
騙したなんて人聞きの悪い。
でも顔を上げてくれたからいいもんね。
先輩が呼吸を整え終わったのを見て、俺は引き寄せるようにグイッと手をひいた。
「ほら、帰りましょう?」
そう伝えると、先輩は泣きそうな顔で頷いた。
やっと先輩が家に戻ってきてくれる。
嬉しい。愛しい。
ねぇ、先輩。
先輩がいないと、あの家は俺の安心できる場所にはならないんだよ?
先輩も同じように思ってくれていたらいいなって、もし違うなら、これから先輩が安心できる場所にしていくから。
だから帰ってきて…。
先輩と何度も歩いた道。
先輩は少しだけ足取りが重そうだ。
気を紛らわせるために、話を振ってみるけど、内容がなさ過ぎて続かない。
でも、話し始めてから、少しだけ先輩の足取りは軽くなった。
マンションが見えてきた頃、先輩の足が一瞬止まる。
繋がれた手に力が篭った。
そういえば、ここって前に先輩が過呼吸起こして座り込んでいたところか…。
「大丈夫だよ、先輩。」
「………うん。」
肩を抱き寄せたかったけど、両手が塞がれてるから叶わなかった。
代わりに繋いだ手に力を込める。
今度は痛いって言われないように、優しく。
先輩はちゃんと前を向いて、足を進めてくれた。
無事にマンションまで辿り着き、部屋の前に着く。
先輩は俺を見上げ、鍵を開けるのを待っているようだった。
「先輩の鍵で開けてくれませんか?」
「え…?」
「持ってる?」
「うん…。」
俺の鍵で開けるのは簡単だけど、俺は先輩に開けてほしかった。
ここは先輩の家だと、ちゃんとわかってほしかったから。
先輩は鞄から俺が誕生日にプレゼントしたキーケースを取り出して、家の鍵を選んだ。
持ってくれていたことに高揚する。
先輩は鍵を挿して回し、カチャン…とロックが外れた音が鳴る。
ドアノブを持つ先輩の手は少し震えていて、俺は先輩の手の上から重ねてドアノブを持ち、扉を開けた。
「おかえり、先輩。」
ずっと言いたかった。
「……っ、ただいま…。」
ずっと聞きたかった。
俺は力いっぱいに先輩を抱きしめた。
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