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第75話
俺は先輩の隣に腰掛けた。
手を繋いで、目線を合わせる。
「先輩は、俺が浮気してると思ってたの?」
ストレートにそう聞いた。
先輩は小さく首を縦に振った。
やっぱり勘違いしてたんだ。
「先輩、俺浮気してないよ。」
「…………」
「那瑠とあったこと全部話します。誤解を解きたい。もし気になったことがあったら全部答えるから。」
「…………わかった。」
そう答えた先輩の声は震えてて、表情も固くて、身体もガチガチになっていた。
真実を聞くのが怖い。
そんな感情が見て取れる。
だからこそ、俺は本当のことを伝えて、誤解を解きたい。
繋いだ手を一度解き、指を絡めてもう一度繋いだ。
「那瑠と再会したのは、先輩もいたあの日でした。先輩が酔い潰れてしまって、Aquaの片付けを手伝っていたら、突然あいつが現れたんです。」
先輩は黙って俺の話を聞いていた。
口論をしていたら突然キスされて、タイミング悪く先輩がその瞬間を見てしまったこと。
次の日、ラブホテルに呼び出されたこと。
断ったけど、その場所じゃないと会わないと、那瑠が譲らなかったこと。
誓約書を書かせるために、ホテルに入ったこと。
ホテルに入ったと言った瞬間、先輩の体がびくついた。
やっぱり見てたんだ…。
そうじゃないと、あんなに怯える意味がわからないもんな…。
目に涙を溜める先輩を、優しく抱きしめた。
「何もしてません。本当に部屋に入っただけ。誓約書書かせて、すぐにホテルから出たんです。」
「本当……?触れてない…?」
「はい。……入る前に腕は組まれましたけど。すぐ引き離したし、その後は触れさせてないです。」
不安そうに尋ねる先輩に、誠心誠意答える。
俺が触れたいと思うのも、触れられたいと思うのも、先輩ただ一人だけだ。
「これが俺と那瑠の間にあったことです。他に気になること、ありますか?」
「家……」
先輩に不安が残ってないか聞くと、先輩は小さくそう呟いた。
「家……?」
「那瑠さん、来てない…?」
「え?………あ。」
もしかしたら、あの日か?
俺が熱でぶっ倒れて、誓約書書かせに来た日。
記憶は曖昧だけど、家には上げていないはず。
「玄関先までは来たかもしれません。」
「かも…?」
「はい。ホテルから出たとき大雨降ってて、傘を持ってなかったから走ったんです。そしたら誓約書が使いもんにならなくなって…。ごめんなさい、バカで……。だから誓約書書き直させたんです。」
「………」
「先輩…?」
「ううん。なんでもない…。」
先輩は首を振った。
何かわだかまりが残ってる?
でも、俺が先輩しか好きじゃないことは伝わったと思うんだけど…。
「たくさん傷つけてごめんなさい。でも、俺の気持ちは先輩にしか向いてないから。浮気なんてしてないです。信じて。」
「………うん。」
先輩の返事は、なんとなく歯切れが悪いように感じた。
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