90 / 242

第90話

5時半のアラームで目を覚ます。 もう6月も半ば、この時間は既に明るい。 キッチンに立ち、先輩と自分の弁当を作る。 やっぱり好きな人のために料理するのって楽しいな。 俺が作ったものを食べて、幸せそうに「美味しい。」って言ってくれると、最高に満たされる。 先輩とお昼一緒できたらいいな…、なんて思いながら、弁当を作り終え、そろそろ先輩が起きてくる時間なので珈琲を作り始める。 「おはよう。」 目を擦りながら、眠そうにリビングに現れた先輩。 抱きしめたい気持ちを抑え、平静を装いながら朝食をテーブルに用意した。 「おはようございます。眠れました?」 「うん…。ありがとう。」 少し気まずそうな表情をしてるけど、いつも通りなことに安心したのかふにゃりと笑った。 可愛い……。 スーツに着替えて、いつも通りの時間に出勤。 口数が少ないから、先輩はまだ俺が怒ってると思ってるのかもしれない。 まぁ怒ってなくはないんだけど…。 蛇目さんへの謎の信頼感さえ無くしてくれれば、俺はそれでいいんだけどな…。 先輩は昼休憩になってすぐに柳津さんの方へ走って行った。 ムカつく…けど、柳津さんだから百歩譲って許す。 あと、俺もすることあるし。 「部長、少しお時間いいですか?」 「ん?なんだ?」 昨日のこと。 いや、昨日だけじゃない。 先輩に仕事を押し付けてる件、そろそろ言わないと俺がキレそう。 ただでさえ、今の先輩はメンタルの浮き沈みが激しいし、これ以上負担をかけたくない。 「会議室とってあるので、そちらでいいですか?」 「ここじゃダメなのか?」 「俺はいいですけど。部長は周りに聞かれるとあまりよろしくないかもしれませんね。」 「え……?」 にこりと笑ってそう伝えると、部長は顔を青くした。 脅してるわけじゃないんだけど…。 予約していた会議室に入り、部長に座るよう促す。 「で…、話って…?」 「部長、昨日望月さんにかなりの量の仕事を任せて帰られましたよね。」 「な、なんでそれを…!」 「手伝ったんです。部長、あれパワハラですよ?」 「えっ?!」 無自覚か。 先輩、断れなさそうだもんな。 「あの業務量を定時間際に渡されたら、いくら望月さんでも終電近くになります。」 「…………」 「望月さんは真面目なので断ったりされませんけど、また同じようなことがあれば、代わりに俺が訴えます。」 「ちょ…、城崎!俺は押し付けてたつもりはなくて…!」 「はい。だからこれから気を付けてください。」 部長はおそらく長年共に仕事をして信頼できる先輩だからこそ仕事を任せたのだろうが、それは一人に押し付ければただのイジメになりかねない。 先輩が過労で倒れたら、俺は会社ごと訴えてもいいくらい。 それくらい先輩が大切だから。 この会社のこと嫌いではないし、ちゃんと改善してもらわないと。 「望月に悪いことしたな…。」 「でも部長もその分持ち帰って仕事されてるんですよね?」 「あぁ。それはそうだが…。」 「部長と望月さん二人で、あの納期でする量ではないと思います。もっと俺たちのこと、頼ってください。みんなでやれば、そんなに時間もかからないはずですから。」 部長が悪い人ではないことは知ってる。 だから、きっと部長は先輩に任せた以上の量を持ち帰っていたはずだ。 部長も真面目な人だから。 「仕事はチームですよ、部長。」 「そうだな…。考えを改めるよ。城崎、ありがとう。」 「いえ。貴重なお時間くださり、ありがとうございました。」 部長に頭を下げて会議室を後にした。

ともだちにシェアしよう!