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第118話
土曜日、休みだけど朝早く起きて朝食を作る。
今日は先輩の心療内科の受診日だ。
あの日から毎晩確認してる。
先輩は薬を飲みすぎることも、飲み飛ばすこともなく、決められた通りにちゃんと飲んでいる。
睡眠導入剤も飲んでいないし、震えとか過呼吸発作も起きてない。
笑顔も増えたし、俺との関係も良好。
先輩は「もう大丈夫。」って言うけど、前のことがあるから薬の管理をやめるつもりはない。
二度とあんな怖いことが起こらないように。
先輩が靴を履いたのを確認してドアノブに手をかけると、先輩がグイッと俺の服の裾を引っ張った。
「どうしました?」
何か忘れ物かと思い振り向くと、先輩は俺の小指を握った。
ああ、そうだ。
家を出る前はいつも抱きしめてるもんね。
前まではキスだったけど、今はこれで十分だ。
幸せすぎるくらい。
でも、最近の先輩は多分違う。
時々唇を触ってるから。
無意識に自分の唇に触れるのは、先輩がキスしたいときの癖。
もしかしたら、俺とキスしたいと思ってくれているのかもしれない。
でも、もし違ったら?
過呼吸が起こったら?震えが始まったら?突き飛ばされたら?
そう思うと、なかなか俺からキスすることができなかった。
「先輩、大好き。」
「うん…」
目を閉じてリラックスしている先輩をしばらく抱きしめ、時計を見て声を掛ける。
あまりここで長居してしまうと、診察時間に遅れそうだ。
「先輩、行こっか。」
「…っ!うん!」
声を掛けると、先輩はハッとして俺から体を離した。
先輩の手を取り、指を絡めて繋いで家を出る。
廊下で住人とすれ違い、会釈をする。
この人何度か会ってるから、多分俺と先輩の関係バレてるよな。
俺はいいけど、先輩はどうなんだろうか。
マンションを出て、駅まで歩く。
何か気の利いた話でもできたらいいんだけどな。
そう思いながら、渡瀬先生の話を振ってみた。
「心療内科の先生、いい人ですね。」
「うん。すごく信用できる先生。」
「わかります。ちょっと怖かったですけどね…。」
「え?先生が?」
先輩は不思議そうに首を傾げる。
あの先生、患者さんには本性見せてないのか。
すげー怖かったんですけど、俺には。
でも、今日薬のことしっかりお伝えするって言ってたしな…。
「ははは…。先輩も今日分かるかも。」
「え〜?」
先輩は「嘘だ〜?」と、俺の言葉を冗談だと思っていそうだった。
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