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第177話
「お、お礼が言いたくて…。」
「は?」
「那瑠さんのやったことは、正直すごく傷ついたし、辛かった……。城崎のことが好きだとしても、やり方は間違ってると思う…。けど、俺に言ってくれたことは、今の俺に足りないことでもあったと思う。……城崎と生きていく上で、俺は何も覚悟できてなかった。………那瑠さんのおかげで両親に向き合えたし、セクシャルマイノリティについて改めて深く考えることができた。だから……、ありがとうございました。」
先輩から告げられた言葉に、俺も、……いや、この場にいる全員が固まった。
こんなにも嫌がらせをし、心の病気まで背負わせた人間に感謝をする。
ありえない。俺ならできない。
だけど、先輩の目は濁りなく、真っ直ぐに那瑠を見つめていた。
「……なんなの、本当。」
「へ、変なこと言ってごめん…。」
「なんでお兄さんが謝んの。……悪いことした。意地悪なことばっかり言ってごめん。」
え………?
今、那瑠が謝った…?
あの那瑠が?聞き間違いか?
そう思ったけど、先輩の驚いた顔が事実を物語っていた。
「ナツのこと絶対悲しませないでね。」
「う、うん…!」
「ちょっとでも隙見せたら寝取るから。」
「わ、わかった。」
あり得ないことだらけで固まっていたが、ハッと気を取り戻す。
今、なんて?
先輩ってば、何同意してくれてんだよ。
「わからないでくださいよ。寝取られないから。」
ツッコミを入れて、先輩を抱きしめる。
那瑠はベーッと舌を出して、店から出て行った。
緊張の糸が切れたのか、足元から崩れ落ちるように力が抜ける先輩を抱き止めた。
この人……、本当に……。
「先輩、凄いですね…。まさかあいつに感謝の言葉が出るなんて。」
「俺、変われたかな…?」
変われたっていうか…。
先輩の第一印象は、誰にだって優しくて、みんなに好かれる、頼り甲斐のある上司。
むしろ、優しすぎて人生損してそうだなって思ったこともあるくらい。
そんなところが素敵だと思ったし、知れば知るほど夢中になった。
実は甘えたなところとか、でもなんだかんだ男前なところとか。
どんどん好きになる。
でも、今のは……。
「元々先輩は素敵だけど、なんか今のでめちゃくちゃ惚れ直しちゃいました…。」
格好良かった。
強い人だと思った。
俺が守らなきゃって、そればっかり思ってたけど、この人は守られるだけの人じゃない。
俺は知らないうちに、きっとたくさん先輩に守られてるんだ。
愛しくて、先輩をギュッと抱きしめる。
「俺、格好良かった?」
「はい!もう本っ当に格好良かったです!!」
「堂々と城崎の隣歩けるかな?」
「それは前からクリアしてます。俺ももっと先輩に相応しい男になれるように頑張りますね。」
先輩の隣を歩いても恥ずかしくない男になりたい。
先輩の周りの人に認められたい。
城崎夏月なら、望月綾人の隣に相応しいって。
そう思われたい。
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