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第217話

「で?」 うわ…、怒ってる……。 偉そうに腕と足を組んで、俺を見上げる先輩。 こんな先輩レアすぎてかわ…、いや、今は怒られてるんだった。 これ、言わなきゃいけないやつだよなぁ…。 「………殴りました。」 「何?」 自分でも思ってた以上に声が出なかった。 言いたくないんだもん。 声も出ねぇよ。 聞こえるまで聞き返されそうな気がするから、咳払いしてからもう一度言う。 「………蛇目さんを殴りました。」 「は…?」 先輩はぽかん…と口を開けて固まった後、ガタンッと物音を立てて立ち上がり、俺の肩を掴んだ。 「職場で殴ったのか?!」 「先輩を抱いたって…。結局それは嘘だったんですけど、先輩が苦しんでる時に、あいつはヘラヘラしてて…。誰のせいで…って思ったら耐えられませんでした…。」 はらわたが煮えくりかえりそうだった。 いや、実際に我慢できずに手を出してしまった。 先輩と浮気しただの、善がる先輩が可愛いだの、適当な妄想を喋り出した時も腹が立ったけど、一番腹が立ったのはやっぱり俺が手を出してしまったあの瞬間だった。 先輩を傷つけて、先輩が傷ついた顔を思い出してヘラヘラと笑っていたあいつが許せなかった。 思い出しても怒りが込み上げてくるけど、目の前で震えている先輩を見て、怒りよりも前に、安心させてあげたいって気持ちが先行した。 「先輩、ごめんなさい…。」 震える先輩を優しく抱きしめる。 きっと怖かったんだろう。 もう思い出さないように、先輩の頭からその記憶だけ消すことができればいいのに…。 「バカ……。」 「だって、俺無理ですよ…。自分の命よりも大切な人が傷つけられて、黙っていられるほど大人じゃありません…。」 「お前の評価が下がったらどうするんだよ…。」 「どうでもいいです。」 「昇進したいって言ってただろ…。そういうの全部響くんだからな。ちゃんと考えろ、バカ…。」 本当にどうでもいいんだ。 俺のキャリアとか、周りからの評価とか、本当にどうでもいい。 先輩が傷つくほうが、俺は何倍も、何万倍も後悔するだろうから。 仕事が嫌いなわけじゃない。 評価されて嬉しくないわけじゃない。 ただそれ以上に先輩が大切だから。 「何度も言ってるんですけどね。」 「………?」 「俺の人生、先輩ありきなんですよ。昇進だって、先輩のこと楽させてあげたいからお金いっぱい稼ぎたいだけだし。」 「俺まだまだ働くし…。定年まで働くから、老後困らないつもりなんだけど。」 先輩と出会って、俺の人生は変わった。 先輩という大きな歯車ができた。 先輩がいなくなったら、俺の人生は音を立てて崩れるだろう。 もう先輩がいない人生なんて考えられないんだから。

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