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第2話
「ハッ!!!」
ミハエルは目を開けた。
心臓がバクバクと音を立て、息はハッハッと浅く早い。
自分の部屋の、自分のベッド。
全身じっとりと汗をかき、体は強張って動かない。
……夢…
そう思うには、己の体に残る強い残穢を感じた。
急いで浄化の魔術を展開しても、股間と胸がジンジンとして、胎の奥が熱い。
「…ぁ……。」
後口に何かが滲んだ気がした。
ドロリ、と、腹の中に溜まったものが揺れる。
神よ…、何故、私が…。
運が悪かったのか、それとも神から与えられた試練か。
涙が出て、止まらない。
罪悪、悔しさ、屈辱、そして、快感とそれに飲まれる事への恐怖。
真っ赤に腫れ、硬くしこった乳首、赤く勃起して敏感に震えるペニス、明らかに様子の変わった濡れた後口。
大きく膨らんだ風船が弾けるように、
大きな白い波に飲まれるように、
何度も何度も、快感を刻まれた体。
長い舌と腕ほどもあるモノを、口にも後口にも入れられて喘ぎ、悪魔が腰を擦り付ければその腰に足を巻き付けたのも、合わさる肌が熱かったのさえ覚えている。
体は未だ欲情して、その後口に、腹の奥にまで何かを咥えたいと、腰を揺らす。
シーツをギュッと掴み、その欲を耐えるしか、ミハエルに残された道は無かった。
誰か、夢だと、言ってくれ…。
コンコン!
「ッ!!」
「神父様、おはようございます。入ってもよろしゅうございますか?」
ここは現実だと、強く感じさせられた。
「ど、どうぞ…。」
驚くほど掠れた声に、どれだけ喘いだのかを悟る。
「神父さま!ど、どうなさいました!お顔の色も酷いですし、その声も…、風邪でしょうか。」
「ええ、多分…。少し眠れば大丈夫です。移してしまうといけない。誰も入らないで。」
「すぐにお白湯と、パン粥をお作りします。少しでも何かお召し上がりを、お薬もお持ち致しますね。あ、起きないで、寝ていて下さい。」
部屋には入らないでと言っているのに…。
「ありがとう…。」
当番の牧童はバダンとドアを閉めて出て行った。
ダダダと走る音、階段は一段抜かしだ。
走ってはいけないと、いつも…。
はあ、と熱い息を吐き、ミハエルは目を閉じた。
その日から、しばらく熱にうなされて寝ていたようだ。
気が付いたら、3日も経っていた。
それから、ミハエルは更に献身的に動いた。
目が覚めれば起き出して庭を掃除し、聖堂を磨き、疲れ果てるまで働く。
また、あの悪魔が来るのでは。
また、あの悦楽に飲まれしまうのでは。
あんな…。
考えただけで欲が体を回るから、何かをしていないと気が狂いそうになるのだ。
腹の奥が疼き、ペニスが兆す。
インナーに擦れる乳首は、その僅かな摩擦さえ快感に変えた。
夜はシーツを握りしめ、カクカクと動きたがる腰をなんとか押し留めても、暫くは自慰を免れなかった。
倒れ込むようにベッドに入れば、疲れが眠りに導いてくれた。
それでも、
そんな風にでも過ぎ去る日々は、少しずつその傷を癒したようだ。
あれから1年。
何かが足りないと悶える事も、堪えきれぬ欲情に鞭を使う事も無くなった。
街にも何事もなく、それどころか妖魔獣の被害が減ったと聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。
そうこうしているうちに、あのモミの木の下に男が現れる事もなく、2年が過ぎた。
…もしかして、夢だったのでは…。
そう思う事さえあった。
そんな夏のある日、ミハエルが子供達とバルコニーの窓を拭いていた時だ。
ドクン!!
足がすくんで、床に崩れ落ちた。
黒い服を纏った大柄な男が、モミの木のあの道を歩いてきたのだ。
「ぁ…、、う…。」
「ミハエル様?」
「ああ、だ、大丈夫。少し、暑くて眩暈がしただけだよ。」
「お顔の色が悪いです。休んで下さい。」
「ミハエル様、起きちゃダメ!」
その男はモミの木の下で立ち止まり、影からコチラを見上げている。
男がミハエルを見て笑ったように感じた。
…そんな…、、
そして、こちらへ向かって歩き出した。
心臓がバクバクと脈打ち、体は震え、涙が滲む。
「ミハエル様、ネッチューショーかも!」
「僕、誰か呼んでくる!」
「っあ、ああ、だ、大丈夫、大丈夫だよ…。」
子供達の前では、せめて…。
「お日様に、当たり過ぎてしまったかな。す、少し、休みます。」
助祭に肩を借りて涼しい聖堂までゆき、冷たい水を飲む。
「ミハエル様、貴方は働き過ぎです。」
「すまない。気を付けます…。」
子供達がパタパタと何かしらで扇いでくれる風が、気持ちいい。
「今日から新しい補佐も増えるのですから、少しゆっくりして下さい。」
「新しい、補佐?」
「ええ、先日ほらご報告しましたでしょう?信徒が増えたから、こちらの人も増えるようですよ。」
「ああ、そうでした。今日でしたか。」
考えてみれば、ここにいる人達は皆真っ黒な服だ。
黒い服の大柄な男など、10人に1人はいる。
大丈夫…、大丈夫…。
と、
ガチャリと聖堂のドアが開いた。
ミハエルが振り返ると、黒い服の大柄な男が夏の強い日差しを背負うようにして、聖堂に入ってきたところだった。
大柄だが、悪魔程大きくも逞しくもない事に、ミハエルはホッと水をひとくち飲んだ。
「こんにちは。今日からこちらでお世話になります、ランゲと申します。皆様お揃いで、何か…?」
「ああ、いえ、ようこそ、私はここの司祭のミハエルと申します。よろしくお願いします。」
立ちあがり、握手しようと手を差し出して…。
「ミハエル師!」
かくりと膝が抜けたようになり、ふらりと傾ぐ体を、ランゲが慌てて受け止める。
「ミハエル様!まだ、お立ちになっては…。ランゲさん来て早々すいません、日に当たってしまったようで。私は助祭のオーランドと申します。こちらへお願いできますか。」
「オーランドさん、よろしくお願いします。ええ、運びますよ。」
「すいませんね、この通り、私では引き摺ってしまう。ちょうどこんな時に貴方がいらして下さって良かった。神のお導きに感謝しなければ。」
オーランドは小柄だ。
「あ…、、あの、だ、大丈夫、です。重たいので…。」
「ミハエル師、これは神のお導きです。貴方が今する事は休んで神に感謝する事です。自分の足で歩く事ではありません。」
ランゲはそれでも渋るミハエルを無視し抱き直すと、スタスタと階段を上り始めた。
「力持ちですね!」
「すごいすごい!」
子供達もワイワイと付いて来る。
…うるさいと思われないだろうか。それにしても…。
ミハエルはホッと息を吐いた。
悪魔ではなくて、良かった…。
確か、腕は六本あったもの、何故見間違えたのだろう。
やはり、熱にやられたのかもしれない。
まだ外の熱が残る体から、汗の匂いがする。
…お日様の、いい匂い。
ミハエルはランゲの少し早い心臓の音が、心地いいと感じた。
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