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第4話
「ミハエル、眠れてないね?」
次の日の朝、ランゲはミハエルを一目見てそう言った。
「え?ええ…、、まあ。」
「何故俺の部屋に来ないんだ。今日は早めに寝よう。今日からは俺の部屋に、貴方が、来るんだ。いい?毎晩だ。」
『貴方』『毎晩』と強調されてミハエルは気が付いた。
ランゲに呼ばれてばかりで、自分からは一度も彼の部屋に行った事はなかったのだ。
「あ、わ、分かった…。行くから、待ってて。」
…毎日。
頭と頬を撫でられ、またひとつ気が付く。
触れられる事に抵抗が無い。
「俺も寝不足だから、早めにね。」
そう耳元で囁かれると、頬に血が上るのが感じられた。
今日はランゲがミサを行う日だった。
華やかな雰囲気は、若い女性たちが着飾っているからだ。
背が高く、逞しく、その上ハンサムで、低く穏やかな甘い声。
それを包む禁欲的な神父服のギャップは、例え手の届かない存在だとしても人々を惹きつける。
今日も沢山の差し入れがあるようだ。
それを手渡す為に、そして、その自分に向けられた甘い声を聞く為に、彼女達は料理や裁縫を頑張るのだろうと、ミハエルはそのひたむきな情熱を羨ましく思った。
いけない…、羨むなんて…。
ミハエルが彼にあげられるものは何も無い。
心の奥底に芽生えた甘やかな感情すら、大きくしてはならないのだ。
それは、大きな罪。
神に仕える者は、神以外を愛してはいけない。
なのに…。
今日からは毎晩ランゲの部屋で眠ってもいいのだと思えば、心は正直に浮き立つ。
ミサの途中で視線が絡むだけで頬が緩み、差し入れを運ぶ手伝いに呼ばれれば心臓が高鳴る。
側に行けば沢山の差し入れを見て、困ったようにランゲが笑う。
ランゲは手作りの差し入れは食べないのに…。
子供達が喜ぶからと、全て孤児院に贈られるのだ。
封を切られていないいくつかの甘味だけが手元に残り、朝のご褒美に半分ずつ頂く。
ケーキを焼いてきたという街の有力者の娘さんが、ランゲに部屋の壁紙とカーテンを直して欲しいと言っていたのを思い出す。
ランゲが断ったのか受けたのかは、ミハエルには分からない。
淑女の部屋に入るなどいけない事のように思うが、でも、頼みを断るのも…。
美しく気高い、赤いドレス姿を思い出す。
二人きり…、、ランゲ…。
気分が落ち込むのは、仕方がない。
それは、紛れも無い嫉妬。
私は、なんて醜い…。
だが、
「ミハエル師、先程、部屋の壁とカーテンを直して欲しいと言われました。私の手伝いをお願いしたいのです。来週の月曜日ですがご予定は。」
まだ、信者達が残る中、少し大きめの声でランゲは言った。
「…ああ、私で良ければいつでも。」
高い場所の手伝いは私しか出来ないのだから、仕方ない。
ランゲは2人の時は自分を俺と呼び、ミハエルに敬称を付けない。
これも2人だけの秘密。
その日も、壁紙とカーテンを無難に直して、2人で冬の初めの街をゴミを拾いながら歩く。
「二人で拾えば早いね。次からは別々に回らず一緒に回ろう。」
「ええ、とてもいい考えです。」
そんな事はないのに…。
ひとつひとつ理由を付けては、2人の時間が増えてゆく。
いくつもいくつも、2人だけの秘密が積み重なり、その度にミハエルは甘い罪を重ねる。
ああ、ランゲ…。
夜になると、ランゲの手に目を閉じさせられて、寒いからと布団を被って、甘い声を聞いて眠る日々。
だが、ひとつだけ問題があった。
ひとりになる時がない事だ。
甘い罪は、積もり積もって、硬く熱くなり、排出を望む。
夜はもちろん、朝の恥ずかしい現象も、段々と制御できなくなってきた。
そんなある明け方。
独特の匂いで目が覚めた。
…、、ああ…。
股間が濡れた感覚がして、最悪を悟った。
なんて、恥ずかしい…。
ミハエルはこっそりと起きようとしたが、ガシッと抱き込まれてしまった。
「あ、ランゲ、離して!」
「ミハエル、おはよう。朝から元気だね。なんでそんなに暴れるの、ただの生理現象だろ?ほら、俺だって朝は勃つんだ。男だから仕方ない。」
そんな風に言って起き上がり、下衣が張ったのを見せてくる。
「あ…、、いや、…、その…。」
ミハエルは言葉が出なかった。
顔を真っ赤にして、上着で自分のソコを隠す。
「ああ、それか。それはもう古いから、ここに捨てて。」
はい、とゴミ箱と新しい下着を渡される。
「へ、部屋に…。」
「途中で廊下に垂れたらどうするんだ。ここで着替えればいい。俺は気にしない。」
「でも…、恥ずかしい…。」
「早くして、まだ眠い。なんなら俺が着替えさせてあげるよ?それが嫌ならこれで拭いて、サッと着替えれば良いだろう?男同士だ、お互い様さ。」
それは…と小さな声で答え、おとなしく着替える。
水を貰ってふうと一息つくと、ランゲはまたベッドに横になり、布団を広げた。
少し冷えた体に、とても魅力的な誘惑。
寒いから早く入ってと言われれば、体は素直に従った。
後ろから抱き直されて、熱を分け与えられる。
「ランゲ…、貴方はいつも暖かい。」
冷たい体が、その熱を嬉しい嬉しいと取り込もうとしているようだ。
「貴方はいつも冷たいから、2人でいるとちょうどいい。」
「はあ、それにしても、こんな歳で恥ずかしい…。」
「ミハエルが夢精した事は、2人だけの秘密だ。けど、まだ暗い、もう少し寝よう。」
「ランゲ、もう…、その事は…。」
「分かってる。俺のもまだ勃ってて、恥ずかしいけど気にしないで。」
「え…、ぁ…、、。」
「生理現象さ。」
大きな布団を頭からかけられて、抱き直される。
だが…。
「困った…、おさまらないな…。」
モゾモゾと動く背中の気配が中々落ち着かない。
「ふふ、恥ずかしい?」
「ああ、恥ずかしいな。」
「なら、2人だけの秘密だ。」
「秘密なら、いいか。」
「え?」
硬く熱いモノが足の間に挟まれた。
「はあ、落ち着いた。」
「ちょ、ちょっと…これは…。」
「ん?秘密にしてくれるんだろ?ああ、あんまり動かないで。また新しい下着が必要になってしまう。」
「う…。」
意識すればする程、その熱いモノが際立つ気がする。
まるで…、私に…。いえ、そんな訳はない。
「…はあ…、、はあ…。動かさないで、お願いだ。」
うなじに熱い息を感じる。
「…、、う、動かして、など…。」
勝手に動いてしまうのだから。
胸と腹の奥がジインと熱くなる。
「はあ…、、うう、情けないな…、あう…。」
中々おさまらないらしいランゲ。
…ランゲ、感じてくれている…。
まるで、その欲の先に自分がいるようで、頬が染まる。
私に何か出来ることがあるとしたら…。
ミハエルは心を決めた。
「あ、貴方は寝ていて。ここから先は貴方が寝ている間に、起きた事だ。」
冬の夜は長い。
…神よ、甘んじて罰は受けます。
心の中で神に祈り、
ミハエルは腰を動かした。
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