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第22話
昔、1人の神がいた。
力強い六本の腕を持った武神、名は嵐華。
ある日、彼の魂を分け与えた半身とも言える者が敵に捕まった。
神よ…。
祈っても、神は助けてはくれなかった。
武神はその半身を取り戻す為に、悪魔に魂を売り渡した。
悪魔は契約をするついでに、悪戯に呪いを掛けた。
「お前が愛する者から愛された時、お前は悪魔の姿をその前に現す。」
「姿などどうでもいい。魂は変わらぬ。」
が、そうまでして取り戻した半身は、既に冷たくなっていた。
その腕に半身を抱き、泣き、怨み、もがくうちに、白い羽は瘴気を取り込んでくすみ、やがて黒く染まった。
端正な顔立ちに牙が生え、角も伸びた。
ある日、嵐華は何かに取り憑かれたように、明るい方を目指して歩きだした。
ようやく辿り着いたそこで、嵐華は失った半身を見つけた。
が、ブワリと怒りが湧いた。
あの神を愛する?
俺ではなく、お前を助けもしない神を愛するのか!
神め…、
お前から奪い返してやる。
嵐華は血を与え、その体を我がものとした。
人と偽り、半身に近付いて心も取り戻した。
「どんな貴方でも、愛してる…。」
嬉しかった。
ーーーーーーーーー
ミハエルの毎日が戻ってきた。
朝早くから、夜遅くまで何がしかをする毎日だ。
ランゲは司祭になる為、この教会を離れた事になっていた。
清く正しい、神に仕える生活。
…そう、これが私の望んだ事。
絶頂しても更に絶頂を促す腰使いや、六本の腕で抱き締められて舌を深くまで入れられたり、同時にシコリや胸やペニスを嬲られるのは、とても辛かった。
だが、もう、それもないのだ。
ミサの最中に腹が重くなる程精を注がれる事も、何度も何度も寸前で止められて苦しむ事も、もう無い。
ホッとした。
街は至って平穏だった。
妖魔獣の被害は相変わらず出ていないし、とある司祭は悪事を暴かれ罪人となったし、別の司祭は変死したという事を聞いた。
街のゴミは減り、花も木も風も空も、美しく輝いていた。
窓を開ければ、頬に強い風を感じる。
「……。」
愛する事を、守る事を、許して欲しいと言われたのに、私は嫉妬に駆られて許せなかった。
それなのに…、貴方は…。
ランゲは、あの『人々を守る』という約束を守っているのだ。
…だから、私も契約を守らなければならない。
誰もいない部屋で、その大きなベッドに腰掛ける。
ランゲ…、せめて貴方があのままのランゲでいてくれたなら…。
自嘲の笑みが漏れる。
私は何故、こんな意味のない事を…。
もう、神に仕える道を外れないと、誓ったのに…。
「……。」
その思いは言葉にならず、震える息だけが、恐々と吐かれた。
ポッカリと空いた胸の奥を満たすために、神に祈る日々。
だが、人々の笑顔に笑顔で応えても、その心が浮き立つ事は無かった。
空虚…、何をしても上部だけで、心が伴わない。
唯一心が揺れるのは、決まって大柄な人を見た時。
モミの木の下や、あの道を見るともなく見る。
そこに何があるわけでもなく、誰かがやってくる事もない。
その夜も大きなベッドに横になり、ミハエルは胸をギュッと掴んだ。
同時に、ミハエルは後ろからまわる手や熱を思い出す。
「…… 。」
涙が流れてきた。
拭っても拭っても、それは止まらない。
「……、、 、 …。」
言葉にする罪を犯さないようにしても、心の中ではその名前が溢れている。
…貴方の匂いも、もうしない。
苦しくて、苦しくて…、もう…。
男達から助けてくれた時、私は貴方の名を呼んだのだ。
もしかしたら、また…。
「…ラン…ゲ…。」
苦しさに耐えきれず、一縷の望みを掛け、思わず音に出してしまった。
酷く掠れた、弱々しい声だった。
ミハエルの中のその感情が、どれほど大きな物かを自覚する。
『愛』という言葉では、まるで足りないその感情は、文字通り体が引き裂かれるような痛みを伴う。
…、、貴方が感じていた痛み…。
そう思えば、痛みさえ愛おしい。
貴方に、会いたい。
この姿を見て、哀れだと思うなら、どうか…。
この意味の無い1人寝の理由。
契約を守るなど、タテマエでしかない。
…私は貴方との契約を守る事で、貴方を待っていると伝えたいんだ。
このベッドで、ひとり何をするでもなく寝そべっていたのは、モミの木の下やあの道を見ていたのは、ランゲを待っていたのだ。
ああ…、寒い…、ランゲ…。
私を、この痛みを、…奪って欲しい。
だが、大きなベッドに横になりいくら待っても、誰も来なかった。
待っても待っても、あの声も、手も、熱も、もうミハエルを迎えに来てはくれないのだと、体に刻むだけだった。
理解しながらも、ミハエルはそのベッドを離れる事ができなかった。
ミハエルは、あのモミの木の下やそれに続く道、そして、海を眺める事が増えた。
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