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第二話 外からの来訪者【前編】
薄珂と立珂は孔雀と食事をすることが多い。
今までは薄珂が作っていたのだが、孔雀に栄養が偏っていると言われてしまった。しかし立珂の傍を離れて料理の勉強をしたり手の込んだ料理を作る余裕など無く、ならば一緒に食べようということになったのだ。
申し訳ないと思いもしたが、立珂の着替えや洗濯、水浴びで手がいっぱいの薄珂にとっては有難い話だった。
そして美味しい食事は夢に見るほど立珂の幸せにもなった。これは何よりも有難くて、薄珂は立珂がもぐもぐと食べる姿だけでお腹がいっぱいになりそうなほどだった。
「お芋の辛煮おいしかったー」
「立珂それ好きだよな」
「お芋も辛いのも大好き! 先生お料理上手だねえ」
「ふふ。二人と食べるようになって料理も楽しくなりました。余った腸詰食べますか?」
「食べる!」
立珂は差し出された腸詰にぱくりと食いついた。
人間の加工食品は薄珂と立珂には無縁の物だった。基本的に自給自足でしか生活ができないので、香辛料というものが豊富にあることすら知らなかった。
そんな二人にとって孔雀の作る料理は魔法のようで、しかも栄養が良いからか立珂はみるみる顔色が良くなった。
立珂が腸詰を頬張る姿に幸せを感じていると、その余韻をぶち壊すかのように慶都が外から叫び声をあげてきた。
「せんせー! 開けて! 大変大変!」
「慶都君。どうしたんです」
孔雀が驚いて扉を開けると、慶都は血だらけの大きな兎を抱えていた。後ろ足に大きな傷があり白い毛が赤く濡れている。
少し前の立珂を思い出し、薄珂は思わず立珂を抱きしめた。
「出血がひどいですね。どうしたんです」
「崖に引っかかってたんだ。こいつ獣人だよ。大人の男。運べないから獣化してもらった」
「崖? お前まさか崖で獣化したのか!? 崖は人間から見えるから駄目って言われてるだろ!」
「う……だ、だって……」
「薄珂君、それは後にして手当をしましょう。慶都君。奥に寝かせてください」
「分かった!」
慶都が診療所に入ると、途端にうさぎは目を開け飛び跳ねた。
「うわっ!」
うさぎから血が飛び散った。
薄珂は咄嗟に立珂の頭を抱え込んだが、うさぎは目を炎のように揺らしてこちらを睨みつけている。
そしてぐぐっと力んだかと思うと、その身体を人間へと変えていく。うさぎの跳躍力を発揮するであろうたくましい両足にすらりと長い腕。金剛のような巨漢ではないが筋肉の付いた肉体はまるで芸術品のように美しい。
しかし一番目を引いたのは顔だった。血のように真っ赤な切れ長の瞳とうさぎの毛を思わせる真っ白で柔らかな髪。
顔立ちは上品だが凄みがあり、土にまみれて生きる薄珂にはとても眩しく映った。
思わず見とれて目を放せずにいたが、兎獣人の男はぎろりと睨み返してきた。
「何だ。じろじろ見やがって」
「あ、ご、ごめん。これ着なよ」
獣から人間になると、当然だが服を着ていない。
薄珂は自分とは違って筋肉のついた肉体を直視できず、これ使って、と自分の羽織を差し出した。しかし男はそれを受け取らず、今にも飛び掛かりそうな顔をしている。
「俺を殺すつもりか」
「違う。手当てするんだよ。お医者さんいるからここ」
「私は獣人専門医です。安心してください」
「人間が獣人の味方をするものか。治して売る気だろう」
「そんなことしねーよ! せんせーは良い人間だ!」
慶都は兎獣人の男を安心させようと思ったのか、鷹の姿になり孔雀の肩に止まってみせた。
「馬鹿! 売り飛ばされるぞ!」
慶都はばさりと飛び上がるとくるくると旋回し、するりと人の姿に戻り笑顔を見せる。
「大丈夫だって。せんせーとは生まれた時から一緒なんだ。売るならとっくに売ってら」
「幼い獣人を手懐け育てて売るのが人間のやり口だ! こっちへ来い!」
「せんせーはしない! 怖いなら俺が見ててやるから治してもらえ!」
それでも男は孔雀を睨みつけ、脚からはどんどん血が流れていく。
きっと自分もこうだったのだろうと薄珂は思い出していたが、兎獣人の男は薄珂の背で怯える立珂を見て眉をひそめた。
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