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第二話 外からの来訪者【後編】

「何だよ」 「人間は有翼人も売り飛ばす。その立派な羽は相当高く売れるだろう」 「え……?」 「先生はそんなことしない! 先生は俺達を助けてくれたんだ!」 「そ、そうだよ! ご飯も作ってくれるんだから!」 「懐柔し高値で売れるよう育てるのが手口だ。それに有翼人は健康を損なえば羽もくすみ価値が下がるからな。食事管理は重要だ」 「でも、そんな……」  立珂は体ごと震えて薄珂にしがみ付いた。信じて裏切られ傷つけられる――それはようやく薄珂と立珂が乗り越えたことだったのに、薄珂は震える立珂を抱きしめ兎獣人の男を睨みつけた。  孔雀が間に入り、落ち着いて、と言うが薄珂にはそんなことは考えられなくなっていた。  けれどその時、外から金剛が入って来た。 「よう先生! 長老が腰いわしちまっ――っと。なんだ、どうした」 「ああ、いいところに。兎獣人なんですが、警戒して手当てをさせてくれないんです」 「へえ。そうかそうか。おい、安心しろ。この先生は俺達の味方だ」 「人間は信用できない」 「大丈夫だ。俺が保証する」  金剛は腕だけを象にして見せた。薄珂の時もこれをやったが、確かに獣人を安心させるにはこれが一番手っ取り早い。  獣人は獣人同士への仲間意識が強く、他種族がいる場では必ず団結する。そこに象獣人がいるとなれば身の安全が保障されたも同然だ。 「あんた、象獣人か」 「金剛だ。獣人の里で自警団の団長をやってる。先生には里の全員が世話になってるんだ」 「そうか……へえ……」  兎獣人の男は急に大人しくなり警戒を解いた。  孔雀がもう大丈夫と言いたげに薄珂に微笑みかけてくれて、薄珂はふうと一呼吸して羽織を兎獣人の男に差し出した。 「はやく手当してもらいなよ」 「……借りる」  兎獣人の男は大人しくそれを羽織ると羽織に血が沁み込んでいくが、それを見た慶都がぴょんと飛び上がった。 「わかった!」 「うわっ。何、慶都」 「薄珂! その羽織貸して!」 「え? 血で着れないぞ」 「だからいいんだ! うさぎのにーちゃんには俺の羽織貸してやる!」 「慶都のじゃ小さいって。てか、どうすんの」  慶都はにんまりと微笑み、兎獣人の男の血が染みついた羽織を持って走り去ってしまった。  一体何がどうしたのか誰も分からず、薄珂と孔雀は顔を見合わせた。 「まったく。落ち着きのない奴だ。先生。奥の寝台に寝かせればいいか」 「はい」  金剛の肩を借りて兎獣人の男が立ち上がると、立珂はびくりと震えて不安そうに薄珂にしがみ付いた。  それは兎獣人にも見えていたようだが、立ち上がった足が傷んだようで小さく唸り声をあげた。そのまま診療所の奥へと入って行き、薄珂はふうとため息を付いた。  しかし立珂は暗い顔をして俯いている。 「どうした。もう大丈夫だぞ」 「……僕の羽ってそんなにいいのかなあ……」 「さっきの気にしてるのか? 大丈夫だ。金剛がいる」 「うん……」  それでも立珂はしょんぼりとしていて、薄珂は両手で立珂の両頬を包み込んだ。 「顔色悪いな。帰ってお昼寝するか」 「……薫衣草畑がいい」 「そうだな。よし、帰ろう」  薄珂はしょげた立珂を抱き上げて孔雀の診療所を出たが、立珂は何も言わず薄珂にしがみ付いて震えている。  薫衣草畑に腰を下ろすと、立珂は薄珂の膝枕で横になった、 「疲れたな。寝ていいぞ」 「ん……」  立珂は薄珂の手をぎゅっと強く握りしめて目を瞑った。  不安な気持ちが伝わって来て、薄珂は懐に小刀が入っているのを確認した。  ――もし仮に襲って来たとしても、脚を切れば逃げることはできる。  それが人間であれ獣人であれ、孔雀であれ。そんな考えたくもないことを考えながら薄珂は立珂の頭を撫でた。 「大丈夫だぞ。俺が守ってやるからな」  立珂はやはり何も言わず、ぎゅっと薄珂にしがみ付いていた。

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