7 / 39
第三話 立珂の変化【前編】
兎獣人の男が孔雀の診療所にいるため、薄珂は自分たちの小屋で朝食の準備をしていた。
立珂を不安に陥れた男だが、それもあの怪我で人間相手だったのなら仕方がないことも薄珂はよく分かっていた。
それにあれだけの出血となるとさすがに心配にもなり、薄珂は窓を開けて孔雀の診療所がある方向を見るが誰も歩いていない。
少しだけがっかりしていると、かたりと物音がした。振り返ると立珂が目を覚ましたようで、のそのそと動いている。この小屋は元々倉庫のようなものだったらしく、間仕切りがないので寝室というものがない。
けれど下手に壁があるよりも立珂の様子がすぐ分かるので薄珂はとても気に入っている。
「薄珂おはよー……」
「おはよ。あ、汗かいてるじゃないか。水浴びするか? 拭くだけとどっちがいい?」
「拭くだけ……」
「よし。じゃあちょっと待ってろ」
薄珂は小屋のすぐそばにある井戸で水を汲んで綺麗な布を水に浸した。
それを少し離れた場所に置くと、寝転がっている立珂の傍に膝をつく、
「上脱ぐぞ~」
「ん……」
立珂は一人で着替えができない。羽が重すぎて、少しでも動こうものならころんと転がってしまうのだ。
だから服も布を巻きつけているだけなのだが、寝ぼけていた立珂は耐えられずころりと仰向けに転がった。
「おっと。大丈夫か? 起きれるか?」
「ん~……引っ張ってえ……」
「ん。おいで」
薄珂は立珂を抱き起すと、そのまま壁にもたれさせた。上を脱がせると桶から水に浸した布を手に取る。
「拭くぞ。冷たいぞ~」
立珂にぺたりと布を当てると、寝ぼけ眼だった立珂は水の冷たさに驚いてぴょっと跳ねるように震えた。
「ちべたい!」
「もっかいだ!」
「ひゃあああ」
ようやく目が覚めた立珂はきゃっきゃと笑って水の冷たさに震えた。二人でじゃれながら拭き終えると、コンコンとノックする音が聞こえる。
「薄珂くん、立珂くん。今いいですか?」
「孔雀先生だ。はーい!」
薄珂は扉へ行き鍵を開けた。そこには孔雀と、後ろには兎獣人の男もいる。
「あんた……」
「出血の割りに浅い傷でした。それで二人にお詫びをしたいというので」
孔雀が一歩横にずれると天藍が一歩前に出て来た。
白い髪の毛は青空に漂う雲のようにふわりと漂い、陽の光をきらりと跳ね返している。魅入らずにはいられない美しさに、薄珂はどくどくと心臓が脈打つのを感じた。
「|天藍《てんらん》だ。昨日は失礼な態度を取ってすまなかった」
「いいよ。それにあんたを助けたのは慶都だ」
「けど服を駄目にしただろう。詫びをさせてくれ」
「いいって、ほんとに」
「ならこれだけでも。立珂だったか。あの子にこれを」
天藍は手に持っていた物を差し出し中に入ろうとした。けれど立珂がびくりと驚いたのが見えて、薄珂は思わずその手を払いのけた。
「入るって来るな!」
「うおっ」
天藍の持っていた服が床に散らばった。薄珂は立珂に駆け寄りぎゅっと抱きしめる。
「天藍さん。この子達も色々大変だったんです」
「ああ、そうだな。すまなかった。ただ服が気になってな。有翼人用の服を知らないんじゃないかと思って。そっちへ行ってもいいか」
「……有翼人用の服?」
ともだちにシェアしよう!