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第六話 公佗児伝説

 今日は総出で薄珂と立珂の住んでいた小屋の片付けと掃除をしている。  薄珂と孔雀が小さくて細かい物を持ち出し、金剛と天藍が大きな家具を移動させ、立珂と慶都は立珂の抜け落ちていた羽根を集めてごみ袋に入れていく。  家具は薄珂と立珂の持ち物ではないが、この際大掃除をしてしまおうとなりこれがなかなかの大仕事だった。  昼になっても終わらず、昼食の時間になると慶都の母が孔雀の診療所で食事を用意してくれていた。 「お疲れ様。やっぱり男手があると違うわね」 「これくらい朝飯前だ」 「象はそうだろうよ……」  金剛は息一つ切れていないが、天藍はぜえはあと激しく呼吸をしている。  獣化で象の腕力を使える金剛と、肉体労働のできないうさちの天藍では力の差は歴然だ。金剛は勝ち誇って鼻で笑ったが、天藍は言い返す余力もなく机に突っ伏している。 「そうだ。明日から十日ほど出て来ます。薬棚は触らないで下さいね」 「十日? 長いね。遠くに行くの?」 「いつも通り蛍宮ですよ。ただちょっと調べたいことがあって」 「おいおい。明日は狩りだ。付いて行ってやれんぞ」 「一人で大丈夫ですよ。買い出しはしないので。天藍さん、書類は書けてますか?」 「ああ。よろしく頼む」  天藍は懐から四つ折りにした紙を取り出し孔雀に渡した。孔雀は確かに、と鞄にそれをしまい込んだ。 「なあにそれ」 「蛍宮の入国審査書類だ。審査が通らないと入国できない」 「でもあそこ人間の国だよ。獣人は入れないでしょ」 「いいえ。蛍宮は中立国ですよ」 「ちゅーりつこく? なにそれ」 「人間と獣人も有翼人も、種族関係無く一緒に暮らしてる国という意味です」 「でも人間の国だよ」 「蛍宮の皇太子は獣人ですよ。割合として人間が多いだけで、獣人も有翼人もいます。全種族の力で成り立っている国なんです」 「けど悪い人間がいたらどうするの?」 「それは人間からしたら悪い獣人がいたらどうするの、ということです。同じ立場なんですよ。だから厳しい審査で人となりを見極めるんです」  ――見極める  言われたばかりのその言葉に、薄珂は少しだけ緊張した。 「その厳しさ故ですかね。審査はひと月は待たされます」 「そんなに!?」 「ええ。それまでは治療に専念です」 「待て。それなら蛍宮まで担いでやるから今すぐ出ていけ」 「だから審査があるんだよ」 「審査待ちのための宿泊施設がある。そこへ行け」  金剛と天藍がばちばちと火花を飛ばす。  薄珂と立珂は間でおろおろするが、何も分かっていない慶都は、困った顔した立珂も好き、と微笑んでいる。  唯一まともで冷静な孔雀がため息を吐いた。 「森の山道を担ぐなんて傷が開きますよ。それに長老様は里に住んで良いとまでおっしゃってるんでしょう」 「長老様の目が届かぬ危険物排除も俺の仕事だ」 「気に入らない相手に難癖付けてるだけに見えるけど」 「何だと!?」 「そう苛々するなよ。審査が通ったら出て行く」 「さっさといなくなるに越したことは無い」 「ああそうかよ」  金剛は本気で腹を立てているようだが、天藍は馬鹿にしたような口調でくくっと笑っている。  孔雀が 神経を逆なでするような態度を取るなと叱りつけているが、薄珂はひとり違う言葉に耳を取られた。 「出て行く……?」  出て行く、と薄珂は鯉のように口をぱくつかせた。  天藍は里に家を持っているわけでは無い。便利なものを教えて回っているだけの商人だと言っていた。  この里に長くとどまる理由はないのだ。 「薄珂? どうしたの?」  立珂が顔を覗き込んできているのは見えている。けれど薄珂の目は天藍だけを見つめていた。  だが天藍はそんなことに気付いてはくれなかった。 「そうだ、先生。子供の鳥獣人がいるって噂になってないか調べてみてくれないかしら」 「それ俺のこと?」 「そうよ。慶都は軽率に獣化しすぎなの。見つかってないか確かめておかないと」 「分かりました。でも鳥獣人は公佗児獣人伝説の陰に隠れてしまいますからねえ」 「公佗児獣人?」 「なんだそりゃ。まだそんなお伽噺流れてるのか」 「蛍宮は多民族国家ですからね。新旧問わず伝承が増えてるんですよ」 「公佗児獣人ってなに? 伝説の獣人?」  慶都が身を乗り出してこてんと首を傾げた。  すると孔雀は一冊の図鑑のような分厚い本を取り出し開いて見せた。そこには大きな羽を広げて悠然と空を舞う一羽の鳥が描かれていた。 「身体の倍以上にある羽を操り神速で駆け抜け人を食いつくす――という伝説です」 「食う!? 悪いことした獣人なのか!?」 「単なる印象だよ。野生の公佗児は生き物の死肉を食うだろう? しかもデカい。だからだ」 「しかも公佗児獣人は存在を確認されたこともないですしね。蛍宮は色んな獣種がいるのでそういう話が根付きやすいんでしょう」 「なーんだ。まあ、いたって関係ないね。鳥獣人最強は鷹だ! 俺が立珂を守るんだ!」 「だからって鷹になっちゃ駄目!」 「そんなの知るか! 立珂を守るためなら何とだって戦ってやる!」  いじめられたら俺に言うんだぞ、と慶都はぎゅうっと立珂に抱き着いた。無邪気な様子に立珂も孔雀もほんわかと和み撫でてやる。  しかし薄珂はぐっと唇を噛み俯いて、それに気づいた天藍が指先で薄珂の頬を撫でた。 「どうした、変な顔して」 「……俺も慶都みたいに強かったら立珂を守れたのかなって」 「何言ってる。今立珂が笑ってるのはお前が守ったからじゃないか」  慶都は立珂を守るだろう。無邪気な子供だが、成人すれば王者の風格漂う立派な鷹となり立珂を守るに違いない。  今でも少しの間なら立珂を掴んで飛ぶことができる。万が一の時はすいっと逃げていける。  だが薄珂は立珂が怪我をするのを防げず、その怪我を治したのは孔雀だ。金剛が見付けてくれなければ死んでいたかもしれない。  今の薄珂には何もないのだ。 (今のままじゃ駄目なんだ。もっと力がないと……)  薄珂はぎりぎりと拳を震わせた。天藍はぽんぽんと薄珂の背を撫でてくれていたけれど、それは妙にむなしく感じた。

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