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第九話 祭り【前編】
「可愛い!可愛いぞ立珂!」
「あら、薄珂ちゃんも可愛いわよ」
「いいや!立珂だ!立珂が一番可愛い!」
「は、薄珂、慶都もちょっと落ち着いて……」
昼食を食べ終わった慶都の家の中で薄珂の喜ぶ声が響いた。
その理由は立珂の着ている服だ。いつもは有翼人用の服だが今日は違う。眩い七色の石がふんだんに縫い付けられ、金糸の刺繍が煌めく白い衣装を身に纏っていた。鎖骨より少し下に巻かれた青い帯は羽の下で留めてあり、そこから雲のようにふわりとした白と青の生地が流れている。全体的にふわふわとした衣装で、はんなりとした立珂の雰囲気によく似あっていた。
薄珂と慶都もいつもとは違う服を着ているのだが、そんなことはどうでもよかった。
見たことも無い異国の服装を着こなす立珂を見て、なんて可愛いんだ!と薄珂と慶都は一緒になって立珂の周りをぐるぐると駆けまわっている。あまりにも激しく褒め称えれた立珂は止めてよ、と恥ずかしがっているが嬉しそうでもあった。
「おばさん、これって何処の服?変わってるね」
「私の育った国の民族衣装よ。うんと東の国」
「あ、そっか。おばさん渡り鳥なんだっけ。何ていう鷹なの?」
「分からないわ。私も親がいなかったから。でも渡ってた」
種類の分からない獣人は多い。
人間の認識で『雑種』と呼ばれる動物がいるか、その言葉を使うなら獣人は全て雑種だ。同じ獣種じゃないと婚姻を結べない訳ではないし、人間の姿になれば獣種が違っても子を作ることができる。生まれた子供は両親どちらかの獣種を受け継ぐので同じ種のように見えるが、実際はどうだかわからない。
特に同じ獣種同士から生まれた子供はどちらだか分からなくなることが多い。
例えば、慶都は鷹獣人だが鳩獣人と子供を作った場合生まれるのは鳥獣人だがそれがどちらに似たのかは分からないのだ。
人間は何十年も様々な研究を重ねた結果、獣種の判別ができるようになったらしい。一方獣人本人は見た目でなんとなく判断するだけだ。慶都のように間違えようもなく鷹であれば「鷹の獣人に違いない」となるが、母親の種が明確でない以上は確実に鷹であるとは言い切れない。
だが獣人達にとって明確にどの獣種であるかを判別する意味はあまりない。分かったところで何かが変わるわけでもないからだ。野生動物のように本能で争うようなことはないし、人間の姿になれば種の優劣など無意味に等しい。
だから種が分からないことは恥ずかしいことではなく、ごくごく当たり前のことだった。
そんなことよりも、薄珂と慶都には立珂の愛らしさをいかに表現できたかの勝敗の方が大問題だ。慶都の母は子供達の無邪気な様子にくすくすと笑った。
「でも立珂のこれ、服っていうか衣装ってかんじだね」
「そうよ。これは特別な日に着る特別なものなのよ」
ふふっと慶都の母は笑った。子供たちは慶都の母に連れられ外に出ると、里はいつの間にか真っ赤な提灯で彩られていた。
広場には大きな櫓が組まれ、家の前には屋台が出ている。それぞれの家が食べ物や物を売っているようで、慶都の父も手作りの自分の羽を使った装飾品を並べている。鷹の強さと威厳を感じる装飾目当てに里の男達が群がっていた。
日々の質素な生活からはとても考えられない華やかさと賑わいに、薄珂と立珂はついついぎゅうっと抱きしめ合った。その笑顔に慶都の母はクスっと笑い手を広げた。
「さあ!今日はお祭りよ!」
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