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第九話 祭り【後編】

 立珂に取り残されたことなどない薄珂はぽかんとして立ち尽くす。立珂、と無意識に呟いていたけれど、急にぐいっと肩を抱き寄せられた。  「へ!?なに!?」  「今日は俺が一人占めだな」  「え!?天藍!?」  「せっかくだし見て回ろう。これ何の祭りか聞いたか?」  「え、し、知らない」  「長老殿が公佗児を祭ってるんだとさ。最強の獣人よ我らをお守りくださいって」  「最強は象獣人だよ。金剛だ」  「偶像崇拝は心の支えってな。鳥獣人に心酔してるらしいから慶都の言葉にも耳を傾けた」  薄珂は天藍に手を引かれ、里の屋台を見て回った。  話題になるのは立珂の可愛らしさと、ここまで里へ迎え入れることのできなかったことへの詫びだった。そして里入りの決定打となった天藍にも感謝を語り、気が付けば薄珂にも人だかりができていた。  「しかし広いな、この里は」  「安全だから逃げてくる獣人が多いらしいよ。それで広げてるんだ」  「安全なのか?何で?」  「金剛がいるからだよ。前に人間と肉食獣人ごちゃまぜで十人くらいの密猟集団が来た時も金剛一人で捕まえたんだ」  「一人でとはまた凄いもんだ。これ以上薄珂に手を出したら追放されるかな」  「て、天藍!そういうからかい方するの止めてよね!」  「からかってないさ」  天藍はくんっと薄珂の顎に手を添え引き寄せた。そして、とん、と唇に天藍の唇が触れた  「……あ、あの、だから、こういうからかい方やめて……」  「からかってないって」  「嘘だよ……」  「どうして」  「だって……」  天藍は遠からずいなくなる。  この里に住居を構えているわけでは無いし、住まわせてくれとも言わない。里は住んでも良いと言っているのに、まるでいつでも出ていけるようにと言うかのように、人間であり里の外に住む孔雀の狭い診療所で寝泊まりしている。  けれど薄珂は何も言えなかった。まだそれを言葉にすることはできないでいた。  天藍が薄珂の考えていることに気付いているのかいないのかは分からないが、ゆっくりと重ねられた唇を突き放すようなことは薄珂にはできなかった。  そうして賑やかなお祭りが終わり、片付けはまた明日だと各々家に帰って行った。  立珂はすっかり里のみんなと打ち解けたようで、今度泊まりにおいで、明日は一緒に食事をしよう、なら明後日は俺の家に来い、などと誘われてて泊まりに行く約束を交わしたらしい。  すっかり遊び疲れたのか、寝台に横になったら立珂はすぐにうとうととし始めた。  「疲れたな。明日はゆっくり寝てていいからな」  「起きるよ。僕も片付ける」  「起きれたらいいけど無理して起きるな。気持ちは元気になっても、身体はいきなり回復するものじゃない」  「……うん。実は背中が痛いんだ」  「そうだろう。羽に飾りを付けるなんて無茶だ」  「でもみんなの気持ちは嬉しかったよ……」  「分かってるよ。でも立珂に負担がかかるものは駄目だ。そういうのもこれから少しずつ知ってもらおう」  「うん……」  そった額を撫でてやると立珂は瞼を閉じてしまいそうだった。このまま寝るだろうと思っていたが、そうだ、と立珂が急にむくりと上半身を起こした。  「どうした?」  「忘れてた。あの巾着取って」  「これ?どうしたんだこれ」  「伽耶さんが作ってくれたの。兎獣人なんだけど、獣化した時の毛で作ったんだって」  「へえ。柔らかいな」  白い毛で包まれた布の巾着から立珂は首飾りを取り出した。それは手のひらよりも大きな立珂の羽根で作られている。  「僕この羽嫌いだった。でもみんながとっても綺麗だから自慢していいって」  「ああ。立珂の羽ほど綺麗なものは見たことがない」  「ふふっ。せっかく仲良くなれたからお揃いで作ったんだ」  立珂は首飾りを薄珂の首に掛けた。  羽根は星屑から生まれたかと思うほどきらきらと輝いている。羽を飾る水晶のような石も美しいがとても羽根の美しさには敵わない。  「これは僕が作ったの。僕とお揃いだよ」  「立珂……」  「こんなに楽しいの初めて。薄珂がここに連れて来てくれたおかげだよ」  立珂はぎゅっと薄珂を抱きしめて頬ずりした。  とても喜びを表しきれないといった立珂の笑顔は、薄珂が生きてきたなかで一番眩しいものだった。  「薄珂も楽しかった?天藍といっぱい遊べた?」  「……うん。楽しかった」  「ずっとみんな一緒にここで暮らしていこうね」  立珂は再びぎゅっと薄珂を抱きしめた。その言葉は心からの願いで、優しさから出たものだろう。  (天藍はいなくなるんだよ、立珂)  ずっと一緒には暮らせない。  それを夢見心地で微笑む立珂に告げることはできなかった。

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