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第十一話 里のひと時
薄珂と立珂は祭りで里の住人と打ち解けたが、打ち解けた者は他にもいた。
「これでいい?」
「うん! ほんっと助かるよ。古い家だから腐ってるとこ増えてて」
「木造だからな。街では骨材を結合させたの使うけど」
「何それ」
「砂利とか砂を固めるんだよ。木とは強度も耐久性も違う」
「えー! いいなー! 何かかっこいい」
獣人同士というのもあり、様々な知恵を持つ天藍が受け入れられるのはあっという間だった。
何しろ里には若い男性が少ない。里で生まれ育っても、人間の便利で快適な暮らしや賑わいに興味を惹かれ蛍宮へ移住する者が多いのだ。
人間と獣人は対立しているが、蛍宮の中は全ての種族が共存していて争いも無いという。たまに里帰りをしてきた時に引き留めても、蛍宮なら人間の姿でいれば問題は起きないのだと言い里に戻る若者はいない。人間を恐れて隠れ住むなんて古い慣習だと言い、里に住む親を人間の街に連れて戻る者すらいる。
一度出て行ったら戻って来る者はいない。里の者は殺されたんじゃなかろうかと心配するが、快適に暮らしているんじゃないかと羨む者もいる。
積極的に天藍に接触するのは後者で、かつ伴侶を得たい者たちだ。
「助かったよ。ねえ、今日夕飯うちに食べに来て!お礼させて!」
「いいの? 迷惑じゃ」
「ぜんっぜん! 歓迎! お酒もあるからおいでよ! 飲めそうな顔してる!」
「飲み合いなら負けないよ。じゃあ行こうかな」
「おー。いいね。実はあたし里を出ようと思ってんだ。最後の想い出作らせてよね」
「伽耶、それ言い方やらしい」
数少ない若者のほとんどが女性だ。なかなか巡り合わない若い男性に目の色を変えてもてはやしていた。
そしてその様子をじとっと睨んでいるのは立珂と散歩中の薄珂だ。
「薄荷。顔」
「え!?」
立珂につんっと突かれ正気に戻った薄珂を見て、立珂はにやっと笑った。
「言いたいことは言った方がいいよ」
「べ、別に無いよ」
「あるよ」
「無いよ! ほら! 慶都が来たぞ!」
「あ、最長記録だ」
一緒に住み始めて慶都が立珂に飽きたらどうしようかと薄珂は心配していたが、飽きるどころかさらにべったりになっていた。
立珂の散歩には必ず付いてくるのだが、母親に兄弟二人だけで過ごしたい時もあるだろうから控えるよう言われて以来うずうずしながら見送ってくれる。けれど結局耐え切れずに追って来るのだが、十分が限界のようだった。
「薄珂! 立珂! もういい!?」
「いいよ。おいで」
「やった!」
慶都がぴょんと立珂に抱き着くと、後ろから母親が追いかけて来ていた。慶都を連れて帰ろうとしているようだ。
「慶都! いい加減になさい!」
「何でだよ! 俺は立珂を守るんだ!」
「ほどほどにしなさいって言ってるの!」
「だっていいって!」
「おばか! 嫌だと思ってても言えないでしょ! だから遠慮と配慮っていう言葉があるの!」
「うえっ!?」
嫌がられてる可能性もあるのだということに初めて気づいたようで、慶都は涙目になりしょんぼりと立珂から手を放した。
「おばさんありがと。でも今はいいよ。薄珂は用あるから行っちゃうし」
「え? 俺? 別に何もないよ」
「あるよ。天藍とこ行かなきゃ」
「は!? い、行かないよ!」
「え~。行きなよ。ぼく慶都と遊んでるからさ」
「だ、だから、行かないって」
「まどろっこしいなあ」
立珂は口を尖らせて、おおい、と天藍に向かって手を振り呼び付けた。
気付いた天藍は女性たちとの会話もそこそこに薄珂の元にやって来てくれる。
「どうした。散歩か?」
「慶都と二人で遊ぶんだ。そのあいだ薄珂のことお願いできる?」
「なんだ。すっかり立珂を取られたな」
「……立珂が楽しいのが一番大事だ。俺は夜一緒にいられるし」
「まあそうだな。よし、じゃあ薄珂の相手は俺がしよう」
「うん。お願いね。慶都、どこ行く?」
「水場! 羽洗ってやる!」
そう言うと立珂は慶都と二人で行ってしまい、母親はごめんね、と謝り家へ戻って行った。
ぽつんと残された薄珂は、どうしよう、と恐る恐る天藍を見上げた。天藍は嬉しそうに笑っていて、薄珂はぐっと息を呑んで話題を探した。
「どうした?」
「……や。羽ってこんな頻繁に洗った方がよかったんだなと思って。今まで我慢してたのかな」
「いや、あれは慶都だけだ。獣人の羽と有翼人の羽は違う」
「そうなの? 何が?」
「獣人は皮膚の一部で有翼人は髪の毛だと思えばいい。獣人は羽からばい菌が入るが有翼人はそれがない」
「ああ、そうなんだ」
「けど立珂は乾かす方が大変だし、少し控えた方が良いかもな」
「団扇で扇いで乾かすんだけど時間かかるんだよね。何か良い方法ない?」
「扇ぐしかないな。暖かい日は外でやるとか」
「だよね。でもみんな立珂の羽に触ろうとするからな」
「それは慶都を傍に置いておけばいいだろう」
「んー……弱点を見せびらかしてるみたいでちょっと……」
「なら水浴びだけは小屋に戻ったらどうだ。お前達が頻繁に顔を見せれば先生も喜ぶ」
「あ、いいね。お風呂も小屋で入るようにしようかな。慶都のとこだと狭くてさ」
井戸もあるし皮膚炎になってないか診てもらえるし、と薄珂はぶつぶつと呟きながら考え込んだ。
さっきまでは天藍にどぎまぎしていたのはすっかり忘れたが、天藍に頬をつんと突つかれる。
「な、なに」
「薄珂は立珂のことばっかりだな」
「……そりゃそうだよ。俺には立珂しかいないんだ」
「ふうん?」
天藍は不満そうに口を尖らせると、何の前触れもなく親指で薄珂の唇をぷにっと押した。
立珂のことばかり語っていた口を急に塞がれ、んあっ、と間抜けな鳴き声を上げてしまう。天藍はにやりと笑い、ふにふにと薄珂の唇を弄んだ。
「あ、あのさ、くち、触るのやめて」
「何で?」
「何でもなにも……」
嫌だからと返すのが止めさせるには一番だ。けれど薄珂は何も言い返さず、天藍が触れてくれるのをそのままにしていた。
(……夕飯食べに来てって言ったらどうすかな)
天藍は女性の家に夕飯を食べに行く約束をしていた。今ここで薄珂までもが誘ったら天藍はどちらかを選ばなければいけなくなる。
だが断られたからどちらがどうということでもない。また明日行く、となるだけだ。それだけのことだと薄珂は分かっている。
けれど断られるのが怖くて薄珂は誘うことができなかった。
寝る前には立珂に天藍とどうだったとからかわれたが薄珂は何も答えられず布団に隠れた。
眠りに付けたのは明け方だった。
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