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第十二話 薄珂の嫉妬
目が覚めたのは眠ってから三時間ほど経ったあとで、朝食まで三時間はあるであろう頃だった。
立珂はもちろん、慶都一家も眠っている。里からもいつもの賑やかな声は聴こえてこないほどの早朝だ。
この時刻は小屋で立珂と二人で暮らしていた時に起きていた時間で、食事や洗濯、立珂の着替えや水浴びの支度をしていた。やることが多いので早起きが習慣になっていたが、慶都一家と暮らすようになれそれも必要無くなり早起きは久しぶりだった。
何しろ天藍のことが気になり眠りに付けず、目を閉じても無意識が弱火で煮こまれているようであまり眠ることもできなかった。
薄珂は家の前に出て大きく伸びをしておおきな欠伸をした。目をこすりむにゃむにゃとしていると、くく、と笑い声がした。振り返ると、そこにいたのは不眠の原因だった。
「すごいあくびだな」
「天藍? 何してんのこんな早――」
よく見ると、天藍の髪はぼさぼさだった。頬には寝跡がついていて服もしわくちゃでみっともない。
だが天藍は広場を背にしている。つまり里の中から出て来たのだ。それはおかしい。天藍の住居である孔雀の診療所は里の外だ。天藍が里の中から出てくることは無いはずだ。
ということは――
「……泊まったの?」
「ああ。昨日飲んでてそのまま」
「へえ……」
ピシッと薄珂の額にひびが入った。
天藍を呑みに誘ったのは独身の女性たちだ。恋人もいなくて里から出たがってる人もいて、きっと天藍の存在はさぞかし魅力的に違いない。
遅くまで飲み明かすだろうことは想像していたが、まさか泊っているとは思っていなかった薄珂はぷんっと天藍に背を向けた。
家に戻ろうと扉に手を掛けたが、急に顔を背けられて驚いたのか、天藍は慌てたように薄珂の名を呼び小走りで追ってきた。けれど薄珂は呼びかけに答えず静かに家に戻った。
「薄珂。どうしたんだ」
「別に」
「薄珂!」
天藍が慌てて声を上げても薄珂は答えず、答えたのは起きたばかりの慶都の母だった。
「薄珂ちゃん起きてたのね。あら、天藍さんも」
「ごめん。起こした?」
「起きたところよ。ご飯もうちょっと待ってね」
「井戸行くの? 俺汲んでくるよ」
「あら嬉しい。じゃあお願いしちゃおうかしら」
うん、と薄珂は天藍から逃げる口実のようにもっともらしい任務を手に入れた。
再び天藍に背を向けたが、天藍は薄珂の背を追った。
「手伝うよ。重いだろ」
「いい。ていうか何勝手に上がり込んでんの?」
「え? あ、ご、ごめん」
「構わないわよ。朝ご飯食べていくでしょう?」
「いいんですか? じゃ有難く」
「食べるの? 朝帰りなら食べてくればよかったのに」
「いや、それはさすがに」
「あら。天藍さん誰かのところにお泊りだったんです?」
「ええ。飲もうって誘われたんで」
薄珂の額のヒビがバキバキと広がった。
大人二人は何の問題があるのかというふうだがまだ子供の薄珂にとっては笑って流すことができない程度には大きな問題だった。
薄珂は天藍を振り替えることなくバンッと音を立てて外へ出た。
「お、おい! 待てって! 薄珂!」
「あらあら」
そのまま二人は話し合いが進まなかったようで、朝食には天藍も参加したものの薄珂はやはりイラついていた。
薄珂はいつもよりさらに立珂にくっついていて、わざとらしく立珂の顔を見て美味しいな、今日何して遊ぶ、と立珂にだけ語りかけた。
さすがに様子がおかしいことは全員が気付き、立珂はじとっと天藍を睨み付けた。
「……天藍さん何したの?」
「いや、それが」
「天藍が何しようと俺に関係無いし」
弁解の余地なしで薄珂は切って捨て、天藍はあわあわと顔を白黒させている。
薄珂も自分のやっていることは子供のわがままだと分かっている。それでもにこやかに受け流せるほど大人ではなかった。
「な、なあ薄珂。一緒に薫衣草畑に行かないか? 満開だって孔雀先生が」
「夕飯用の魚釣りに行くから駄目」
「じゃあ二人で行ってきたら? 薄珂ちゃん一人で五人分は大変でしょう」
「いいよ、一人で。大丈夫」
「でも今日は金剛さんが山菜摘みに付いて行っちゃうから心配なのよ。一緒に行ってもらってちょうだい」
「……分かった」
ね、と慶都の母にお願いされては突っぱねることはできない。誰かを連れていこうにも、泳げない立珂を水辺に連れていくことはできない。万が一溺れたらあの大きな羽が水を吸い、そうなると薄珂一人で助けられるとは限らない。いや、助けられない可能性の方が高い。立珂が行かないなら慶都を連れていくわけにも行かない。
ちらりと慶都の父を見たが、ああ今日は長老様のところに行かないと、分かりやすい嘘をつかれてしまった。
薄珂は大きなため息をつき、天藍の顔を見ることはせず渋々頷いた。
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