23 / 39

第十三話 薄珂と立珂の過去

 薄珂は天藍に背を向けたまま海辺へとやって来た。  籠っている里の中とは違い、空が落ちてきたかのような鮮やかに輝く青い海に天藍は思わず感嘆のため息をついた。  この辺りで美しさは随一だが、それ以上に重要なのは魚介が入手できるということだ。近い町には人間がいる。人間に近付かないで済むのは有り難いことだ。 「いつもここで釣るのか?」 「そう」  天藍はなんとか会話を広げようとするが頑として薄珂は振り返らない。  どうしたものかと困り果てた天藍は、ため息を吐きながら薄珂の隣に腰を下ろした。天藍は釣りの準備を手伝おうとしたが、触らないで、と薄珂はその手を叩いた。 「ごめんって。今度ある時はちゃんと言うから」 「何で?別に俺の許可いらないじゃん」 「だとしても嫌な思いさせたくないんだよ。だから薄珂もどうしたいか教えて」 「……別に、俺は……」  俺は子供だ、と薄珂は痛感した。  最初から天藍は悪くないし、提案してくれていることも本来ならやる必要が無い。それを聞いてくれているのは天藍の優しさだ。  けれど、それでも「気にしなくていい」の一言を出すことができなかった。引っ込みがつかないというのもあるが、やはり気にしてほしいのだ。薄珂は黙るしかできなかった。  そして天藍は少し黙ってから海を眺めると、はたと海岸の一角に目をとめた。砂浜の端に小さな舟があり、釣り道具も乗っているのをみるに漁をするための物だろう。 「舟出すか? 沖の方が釣れるだろ」 「海には出たくない」 「でもほら、あっちの方に魚が多い」 「立珂からそんな離れたくない。いい」 「……そっか。ごめん」  天藍はもう言葉も尽きたのか愛想が尽きたのか、口をつぐんでしまった。  二人に沈黙が訪れたが、ふいに沖で何かが揺れるのが見えた。 「船? 随分デカいな」 「蛍宮の船だよ。十日間隔だから行くなら時期確認した方がいいよ」  そう言って薄珂はしまった、と焦った。まるで居なくなれと嫌味を言ったように聞こえたかもしれない。  慌てて天藍を見ると何十分ぶりかに目が合い、嬉しそうに笑ってくれた。子供を宥めるように頭を撫でられるのはとても悔しいが、今は天藍を繋ぎ止めていたくてされるがままにしていた。 「東に行くと鳴瀬島だよな。行った事あるか? ここよりも深い森だ」 「ない。天藍はどこから来たの?」 「全国津々浦々だよ。あちこち放浪してるんだ」 「ふうん。じゃあ家族は?」 「いないよ。死んだ」  さして深く考えていなかった薄珂は驚いて天藍を見上げた。   「ご、ごめん」 「いいよ。愛されてなかったし愛してもなかったし」 「何で? 家族なんでしょ?」 「薄珂と立珂みたいに愛し合える家族ばっかりじゃないんだよ」 「……ごめん……」 「いいよ。本当にどうでもいいんだ。薄珂たちの親は?」 「あー……俺と立珂は父親が違うんだ。俺を育ててくれたのは立珂の父さん。母親は知らない」 「再婚か?」 「違う。母さんが浮気してできたのが俺。その後に立珂が生まれて、母さんは俺の父親追って出て行ったんだって」 「……悪い」 「ううん。俺も親はどうでもいいんだ。俺なんて捨ててもよかったはずなのに、立珂の父さんが俺も息子だって大事にしてくれたから。良い人だよ。でも……」  薄珂は慶都の母が作ってくれた魚の餌を竿にくくりつけて海に投じた。 「立珂を狙って来た奴に殺されたんだ。俺は立珂を連れて逃げるので精一杯で……父さんを見捨てたんだ……」 「それは違う。立珂を守ったんだ」  天藍はぎゅっと薄珂を抱き締めた。 「俺にはもう立珂しかいないんだ」 「俺がいる。ずっと側にいる」 「……嘘だよ。そんなの分かんないじゃん」 「分かるために一緒にいれば良い。不安があれば話すようにしよう」 「うん……」  抱き締めてくれる腕は力強くて心地よかった。  けれど薄珂は視界のすみに浮かぶ蛍宮の船から目が離せなかった。

ともだちにシェアしよう!