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第十四話 生き方の選択肢

 その夜、薄珂と天藍の釣った魚が食卓に並んだ。  天藍とは仲直りできたのか、何をしてたんだ、と立珂にさんざんからかわれ、風呂を上がってもまだその話をしていた。 「ね~、教えてよ~。何話したの~?」 「特にないって! ほらじっとして! 乾かないだろ!」  薄珂は誤魔化すように立珂の羽を拭いて水分を取り、ぱたぱたと団扇で扇いだ。  一日の終わり、風呂上りに立珂を扇いでやるのは薄珂にとって至高の時間なのに立珂自身に邪魔されるなんて、と薄珂は口を尖らせた。  二人がじゃれていると、コンコン、と扉を叩く音がした。 「薄珂くん。立珂くん。少しいいですか」 「いいよ。どうしたの?」  静かに扉を開けて入って来たのは慶都の父だ。  慶都と同じく鷹獣人だが、鷹のような恐ろしさとは正反対の穏やかな人だ。立珂もよく懐いている。  だが全員鳥獣人の慶都一家が今まで無事に生きてこれたのは、彼が躊躇なく人間に牙を剥ける人だったからだと慶都の母から聞いたことがあり、だからこそ薄珂はこの家にいることに安心感を覚えていた。  そんな彼がまじめな顔をしているというのは珍しい。いつもにこにこと微笑んでいるが今は少しばかり厳しい表情だった。 「二人はこのままずっと里に住むんですか?」 「……やっぱり無理かな」 「うちは大歓迎。ずっといて欲しい。でも有翼人は蛍宮に住むのが一番安全だと思うんだ」 「危険だよ! だって僕襲われんだ!」 「蛍宮は安全なんですよ。獣人保護区もあるし有翼人保護制度もあります」 「でも俺と立珂だけじゃ……」 「怖いし不安ですよね。でもほら、天藍さん」 「て、天藍?」 「彼は人間の街に詳しいし、何より薄珂くんを好いている。ああいう人が一緒なら安心じゃないですか?」 「それは、そうだけど……」 「孔雀先生も人間だし、もしあの二人が里を出る時は付いて行くことも考えた方が良い。立珂くんを守るなら絶対にその方が良い」 「……うん」  そして慶都の父は、じゃあね、といつも通りの笑顔に戻り部屋を出て行った。  急な話に薄珂と立珂は顔を見合わせ、すすすっと肩を並べて寄り添った。   「薄珂はどう思う?」 「気は乗らないな。前に金剛が人間同士の犯罪もあるから危ないって言ってたし」 「じゃあ天藍が一緒に暮らしてくれるって言ったらどうする?」 「……無理だよ。ずっと一緒になんていられない」 「分からないよ。だって薄珂を大事にしてくれてるよ」 「気持ちの話じゃない。現実的じゃないんだ」  薄珂はすっくと立ち上がり、戸棚から小さな布袋を取り出した。  その中にはわずかばかりの硬貨が入っている。銀が五枚に銅が七枚だ。生活するには全く足りない。 「人間の中で暮らすなら家と金が必要だ。金を得るには仕事をしなきゃいけない。となると俺が仕事に出る間、立珂を守ってくれる人が必要になる。それに立珂の羽根が高級品なら強盗とか誘拐も警戒しなきゃいけない」 「……そっか。無理だ」 「俺たちは自給自足以外で暮らすのは無理だと思う」  薄珂は多少貧しくてもかまわないが、立珂はそうはいかない。  里で暮らし始めて分かったが、立珂が動けないのは肉体的なことよりも精神的なことが原因だと薄珂は思っている。  今まで立珂は眠ってることが多く起きていてもじっとしていた。これは羽の重みのせいだと思っていたが、引っ越してからは自分で身を起こし多少ではあるが下半身を駆使して動いたりもする。  つまり薄珂と二人で暮らしていた時は『動けない』のではなく自ら動かなかったのだ。  おそらく家事を全て一人でやり立珂の面倒も見る薄珂に迷惑を掛けたくないという想いと、また襲われたらどうしようという恐怖と焦りで精神がすり減った結果動くのを諦めていたのだろう。  けれど最近の立珂は顔色も良く、慶都と遊びまわるのは良い運動になり筋肉も付いてきた。  羽の重みが変わらない以上自由気ままに動くことはできないけれど、それでも二人きりで必死に生活していた頃に比べれば考えられないほど健康的になった。  だが人間の街に行けば立珂を一人にする時間が出て来る。そんなことは耐えられない。 「でも頭の隅に置いておこう。何があるか分からないし」 「そうだね。うん。ごめんね、変なこと言って」 「変じゃないよ。ちゃんと考えるのは大事だ」  そしてまたしばらく立珂の羽を乾かして、乾かし終わった頃には立珂はうとうとし始めていたのでそのまま横に寝かせた。  立珂はすやすやと安心しきった顔で眠っていて、白い頬に赤みがさしていて愛らしい。薄珂は立珂が幸せそうに眠っている姿を見ると安心できて、同時にたまらなく愛しく思うのだ。  いつもは別々の布団だが、薄珂は久しぶりに立珂を抱いて眠った

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