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第十五話 薄珂の選択

 翌日、薄珂はまだ立珂も慶都も眠ってるうちに部屋を出た。  そしてやって来たのは天藍のところだった。一緒に慶都の父もいる。 「ごめんね、二人共。朝早くに」 「薄珂の役に立てるなら大歓迎だ」 「ははっ。もしかして昨日のことですか」 「うん」  立珂には心配させまいと里からは出ないと言ったが、薄珂の本心は違っていた。 「どうするのが立珂は一番安全だと思う?」 「私は蛍宮が良いと思うよ。天藍さんは?」 「同意見だ。蛍宮は治安も良い」 「だよね。俺もそう思うけど、あの、気悪くしないでほしいんだけど、この里で暮らすのが危険だと思うんだ」 「というと?」 「……立珂が狙われたのは羽のせいだけじゃない。鳥獣人と間違えられたからなんだ」 「あー……そりゃあ、駄目だな……」 「うん。ここじゃ結局同じことになる」 「そうですね。実際私達は鳥獣人ですし」  鳥獣人は獣人の中でも特殊な種族だ。  人間にも獣人にも求められ、だが味方にならないなら敵になる前に殺してしまえというのがこれまでの歴史だ。  今もまだそうなのかは薄珂には分からないが、少なくとも慶都一家は隠れ住むことを選ぶ程度には危険がある。ならば有翼人を保護対象とする土地にいた方が良い――というのが薄珂の考えだった。  慶都の父は昨日のように厳しい顔をしたが、それ以上に表情を厳しくしたのは天藍だった。 「それは俺も言おうと思ってたんだ」  天藍はぎゅっと薄珂の両手を握った。 「蛍宮へ行こう」 「え?」 「蛍宮は人間も獣人も有翼人も平等に暮らす国だ。生活保護制度があるから身一つで問題ない」 「生活保護って永久に? そのうち仕事しなきゃいけないなら無理だよ。立珂を一人にはできない」 「自宅でできる仕事にすればいい。それに立珂の羽根を売っていいなら働く必要なんてない」 「ええ? さすがにそこまでは無理じゃない?」 「いや。有翼人の羽根は大きければ大きいほど価値がある。立珂なら羽根一枚で金五枚、手入れすれば十枚は軽い」 「え!? そんなに!?」 「ですが余計に狙われませんか」 「ああ。だから皇族と専属契約したらどうかと思ってる」 「なにそれ」 「羽根をあげるから家に置いて下さいってことだ。そうすればお前たちは皇族に守られる」 「駄目だよ。そいつが立珂を売り飛ばすかもしれない」 「蛍宮は王政じゃない。皇族は単なる象徴で、裁く権利が独立してるから大丈夫だ」 「……わかんない」  よく分からない単語が飛び出し、薄珂は首を傾げた。  自給自足で生きてきた薄珂にとって人間の道具や制度は未知の領域だ。 「国が大きく三つの組織に分かれるんだ。法を作る組織、人を裁く組織、政治を行う組織。皇族は国の代表として扱われる公の場にも出るが、それだけ監視が付いてるってことでもある。こっそり売り飛ばすなんてできないんだ。ただ今は皇太子が政治にも参加してるが、これは近いうち体制変更があると言われている」 「え、えーっと……」  薄珂が分かったのは、国が三つの組織に分かれているというところだけだった。  それ以降は何の話をしているかすら分からない。 「長老様の家で金剛団長と暮らすような感じです。団長がいるから長老様は立珂君をいじめられない、ってとこかと」 「なるほど。分かった」 「ちょっと違うけどまあそれでいい」 「それは私も賛成です。それに有翼人は心身ともに健康じゃないと綺麗な羽は生えてこないといいます。常に心穏やかに健やかに過ごせなければいけない。そのためには薄珂くんは不可欠な存在です。二人一緒に手厚くもてなされるはずです」 「その通り。専属契約は一家全員を招くのが普通だ」 「普通って、普通になるほどあるの? せんぞくけーやくって」 「蛍宮には多い。契約じゃなくても働くことはまずない。羽で物々交換ができるんだ」 「なんで? だって人間は危ないのに」 「あのな、有翼人に限らず誰かを殺すのも売るのも犯罪だ。警備の敷かれた街中じゃそんなの出くわす方が難しい」  「でもおじさんだって襲われたんでしょう?」 「鷹獣人はまた特殊なんですよ。それに私は軍組織に所属していたせいもあります」 「それにこの里は閉鎖的だ。行動を制限するから情報が不足する。それじゃあより安全に生きる方法も見つけられない」 「そうですね。それに大勢の人がいる場所なら『助けて』と叫ぶだけで助かります」 「……そっか。考えた事も無かった」  立珂を傷つけた人間と共存するなんて考えたことも無かった薄珂には青天の霹靂だ。  誰かに立珂の命運を預けるほど依存するのは恐ろしいが、いざという時に逃げる方法さえあれば立珂が楽しく健康に毎日を過ごせる。万が一の対策さえあればいいのならそれはとても魅力的だ。  しかも衣食住を保証される契約ができるのならそれは理想そのものだ。  それでも本当にそれが実現されるのか、今の薄珂には分からない。逃亡生活がどれほど大変かを経験してしまうと、今の里の生活を手放す決断は難しい。  ――せめて誰かが一緒にいてくれたら。  そう思ったとき思い浮かぶ相手は一人しかいない。けれど拒否されたらと思うと口に出せないが、薄珂が言いたくて言えない言葉が聴こえてきた。 「天藍さん。あなたはこれからどうするんです?」  薄珂の心を見透かしたかのか、薄珂が長いこと言いあぐねていたことを慶都の父が代弁した。  急に言われて慌てる反面、言ってくれたことは有難かった。薄珂は緊張しながら天藍に目線を送った。 「里に住むのは断ったと聞きました。遠からず出て行くんでしょう?」 「ああ」  天藍は大きく頷いた。薄珂はその次に紡がれる言葉が知りたい。けれど聞きたくない。でも聞きたい。  どくどくと心臓が跳ねていたが、それを宥めるかのように天藍が再びぎゅっと手を握ってくれる。 「俺と来い。お前も立珂も俺が守ってやる」 「……でも、またどっか行っちゃうんでしょ……」 「移動する時はお前たちも連れて行く」 「専属契約って……どうするのか分からないし、それをしたら天藍はいなくなるんでしょ……」 「手続きは一緒にやってやる。共に住むことをお前が望むのならそうしよう。そうでなくても、俺は蛍宮に定住するつもりだ」  天藍は薄珂を抱いて立ち上がった。  薄珂が見下ろす天藍の表情はきらきらと輝いている。 「里を出るぞ。立珂を守るんだ」 「……うん……!」  一番欲しかった言葉をようやく手に入れて、薄珂は泣きながら天藍にしがみ付いた。 *

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