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第十七話 有翼人商品取引証明書

 蛍宮への移住を決め里の獣人たちに報告をしたら思っていたよりも悲しむ声が多く、中には自分達が長く受け入れなかったせいだと後悔してくれる者も多かった。  慶都はきっと大泣きして引き留めるだろうと思っていたけれど、驚いたことに誰よりも喜んでくれた。  立珂が安全に暮らせるのが一番で、蛍宮なんて近いんだからいつでも会えるさと笑っていた。その物分かりの良さは誰もが驚いて、立珂の方が「二度と会えなくても構わないの」と疑ってしまうほどだった。  しかし慶都は立珂が蛍宮へ行く時は見送りがてら同行して入国申請をし、ひと月後には許可証を受け取りに行くつもりだと言った。これならひと月後には絶対会えるから安心しろ、と約束をくれたのだ。  そして入国申請に必要なものを孔雀に確認し、ひと月後に蛍宮へ連れて行ってくれるよう金剛にも約束を取り付けた。引っ越し荷物の中で急がない物は後から運んでやると言い、さして多くもない荷物を三回も四回もに分けることで再会の約束を増やしていった。  そして―― 「やっぱり行くことにしたか」 「うん。金剛には最初から最後まで助けてもらってばっかりだね」 「おいおい、最後なんて寂しいこと言うな。俺は毎月蛍宮に行く。またすぐ会うぞ」 「そうだよね。うん、そうだね」  立珂は慶都との別れを何よりも惜しんでいるが、薄珂は金剛と離れることが一番悲しく心細いことだった。  生き延び獣人の里で暮らせるようになったのは金剛がいたからだ。立珂が過ごしやすいように寝具を揃えたり、負ぶってあちこちに連れて行ってくれたり。  金剛がいなければここに居を構えようとは思わなかっただろう。 「……俺の父さんが金剛ならよかったのに」 「父親にゃあなれないが、家族だと思ってるよ」 「うん……俺もだよ……」  薄珂はぎゅうっと金剛に抱き着いた。  実の父親を知らない薄珂にとって父と呼べるのは立珂の父親だが、実子の立珂がいる以上「父さん」と呼ぶのは憚られた。父と呼んでいいと本人は言ってくれていたが、結局いつも「ねえ」「あのさ」と呼びかけていた。  けれど本当はいつでも守ってくれて大切にしてくれる人が欲しかった。そしてそれを与えてくれた金剛との別れはあまりにもつらい。  薄珂はしょんぼりとしてぎゅうぎゅうと金剛にしがみ付いた。 「ははっ。よし。寂しがりの薄珂に教えてやろう」 「なに?」 「他には秘密だぞ。実はな、俺も蛍宮への移住を考えている」 「え!?」 「蛍宮では獣種問わず快適な暮らしをしていると聞く。本当にそうなら里の全員を連れて行くのもいいんじゃないかと思ってな」 「……本当?」 「ああ。今までは信用ならんと思っていたが、お前たちを見て一歩踏み出す勇気も必要だと分かった。安全だと分かったら皆を説得するつもりだ」 「本当? じゃあまた一緒に暮らせるかもしれない?」 「そうだ。だが皆には言うなよ。審査で移住不可となったらぬか喜びさせるだけだし、移住は不安な者もいるだろう」 「そうだね。大人は特に嫌がるだろうし」 「ああ。焦らずじっくりやるつもりだ」 「……金剛は凄いね。力だけじゃない。本当にみんなを守ってるんだ」 「やりたいことをやってるだけだ」 「でも凄いよ。思っててもきっとできない人の方が多い」  薄珂はもう一度ぎゅうっと金剛を抱きしめた。  ぽんぽんと背を撫でてくれる手は大きくて、腕はがっしりとしていて力強い。 「いつまでそうしてるつもりだ」 「て、天藍」 「男の嫉妬は見苦しいと言うぞ」 「薄珂を取られるくらいなら見苦しいくていいさ」 「取られないって……」 「お前にそのつもりがなくても相手がどう動くか分からない。薄珂だってそうだっただろう」  確かにこれは薄珂が天藍に嫉妬した状況と似ている。  薄珂にとっては父親のような存在であっても天藍にとってはそうではない。薄珂は金剛から手を放し、つつつ、と距離を取った。 「そうそう。親離れしないとな」 「自己満足のために縛りつける奴に薄珂は任せられんな」 「それを決めるのは薄珂だ。他人が俺たちのことに口を挟むなよ」 「薄珂の気持ち無視して好き勝手する人にはあーげない」 「立珂?」  にゅっと登場した立珂の言うことはもっともで、金剛と天藍は思わず黙り込んだ。  いひひ、と立珂は小悪魔のような笑いを浮かべて薄珂を抱き寄せた。 「診療所の片付け手伝おうよ。天藍の部屋と一緒に他の部屋も掃除するんだって」 「ああ、そうなんだ。うん」 「二人は喧嘩してていいよ。薄珂行こう~」 「う、うん」 「先生! 片付け手伝うよ!」 「ああ、有難うございます。助かります」  立珂は孔雀と一緒に薄珂を診療所に押し込むと、金剛と天藍に振り返りあっかんべと舌を出して診療所の扉を閉めた。 「そこまでしなくても」 「だって薄珂ってば僕のことほったらかすんだもん」 「そんなこと言ったら立珂だって慶都と遊んで俺のことほったらかしたじゃないか」 「僕はいいの。薄珂はだーめ」 「わがままめ」  立珂の言っていることも金剛と天藍と同じだ。けれど薄珂はそれも可愛くて立珂にぐりぐりと頬ずりをした。  そんなふうにじゃれていると、薄珂は足元に置いてあった大きな鞄に足を取られて転んでしまう。天藍がいつも使っている鞄だ。 「薄珂! 大丈夫!?」 「だ、大丈夫。それより天藍の荷物――……っくしゅっ!」 「わあ! なに!?」  薄珂と一緒に荷物も転がり、その蓋が空いたと同時にぶわっと何かが埃を立てて飛びあがった。  それは大きくて真っ白な立珂の羽根だった。羽根が何枚も詰め込まれていて、ふわふわと舞い落ちて来る。 「何でこんなに? 溶かしたんじゃないっけ」 「そのはずだけど……」  床に散らばった羽根を掻き分けると、薄珂の指がつんっとなにかに触れた。  それは何枚かの書類が束ねられていた物で、よく見れば鞄の中には以前立珂が作った羽根飾りと枕も入っている。まるで隠すようにぎゅうぎゅうに詰め込まれている。  書類を手に取ると、そこには薄珂にはよく分からない内容の文章が記されている。パッと見るだけでは内容を理解できなかったけれど、一つだけ分かった文字があった。 「……有翼人商品取引証明書?」

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