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第十八話 天藍の裏切り

 有翼人商品取引証明書。それは有翼人の羽根を商品として登録したという証明書だった。  そのうえで書類の内容を見ると、羽一枚でどんな価格を付けるか、どういう商品にしたら幾らで売買するかということが記されているのだと分かる。  そして書類製作者のところには天藍の名前が記載されていた。  薄珂の心臓がどくんと大きな音を立てた。 「……え?」 「薄珂? どうしたの?」  これはなんだ、どういう意味だ、と薄珂の頭は混乱した。  この書類は有翼人の羽根を売買した記録で、それを書いたのは天藍だ。つまり天藍は有翼人の羽根を売ったということになる。だがこの荷物に入っているのは間違いなく立珂の羽根だ。  訳が分からなくなっていると、転んだ音を聞きつけた金剛と天藍が入って来た。 「凄い音したぞ。大丈夫か――っと、どうした。こんな一気に抜けたのか?」 「ぬ、抜けてない。これは、その、天藍の荷物から……」 「俺? 俺のって――そ、それ!」  薄珂はゆっくりと天藍を見ると、天藍がしまった、という顔をしているのが見えた。 「……天藍、立珂の羽根売ったの?」 「それは……!」 「立珂のこと捕まえに来たの!? 最初からそのために里へ来たの!?」 「違う! そんなわけないだろ!」 「じゃあこれ何!?」  薄珂は立珂を守らなくてはと、車椅子に座ったままの立珂を強く抱きしめた。立珂もぎゅっと抱き返してきて、その手は小さく震えている。  天藍は違う、と薄珂へと手を伸ばしたがそれを弾いたのは金剛だった。 「そうか。捨てずに溶かすと言い出したのはこのためか。自分が独占するために!」 「違う! それは量が多いから先生に相談しようと」 「先生と!? まさか先生もグルか!?」 「は? 何の話ですか。何です急に」  薄珂と立珂よりも訳が分かっていないようで、急に飛び火した孔雀は金剛の剣幕にうろたえた。  金剛は天藍と孔雀から守るように薄珂と立珂を背に庇う。 「俺たちが無知なのをいいことに薄珂と立珂を騙すつもりだったのか」 「何を言ってるんです。この里に立珂くんをどうこうしようとする者はいませんよ」 「あんたは人間だ! 里の者じゃないだろうが!」 「そ、それは、そうですが」 「だが薄珂と立珂はもう里の家族だ。お前たちの好きにはさせんぞ」 「で、でも、待ってよ。天藍は薄珂に優しくしてくれたよ」 「立珂を手に入れるのなら薄珂を懐柔するのは当然だ。いや、一番押さえておきたいだろうよ」 「違う! それは関係ない! 薄珂のことは」 「黙れ!! 薄珂の名を口にすることは許さん!!」 「っ!」  金剛は額に青筋を立てると、両足に力を込めた。バキッと床板が割れ、どんどん象の足になっていく。  象獣人はか兎獣人と無手の人間が立ち向かえる相手ではない。天藍と孔雀は潔白であるなしは関係無く引き下がることを余儀なくされた。 「薄珂! 信じてくれ! 俺はお前を騙したりはしない!」  「……じゃあ何で立珂の羽根隠してたの?」 「それは……!」  天藍はただぐっと唇を噛んでいるだけで言い訳もしなかった。  言い訳をされても信じることはできないが、せめて言い訳くらいしてほしかった。 「聞かなくて良い。慶都の家に戻って親父さんの傍にいろ。俺はこいつらを見張る」 「で、でも、これからどうするの」 「密猟者として蛍宮に突き出す。あそこは獣人保護を推奨している」 「けど薄珂は」 「立珂。行こう」 「薄珂! でも」 「いいから! 行くぞ!」  薄珂と立珂は金剛の背に守られ診療所の外へ出た。  天藍が薄珂の名を呼び続けていたけれど、それでも薄珂は立珂を連れて里へ戻ることを選んだ。  家に戻り慶都の父に一連を説明すると、しばらく困ったような顔をした。  とりあえず慶都にも誰にも話さず、金剛が戻るまでは部屋から出ないことにしようということになった。  薄珂は涙目になり俯いた。俯いたら涙が零れそうで、立珂がきゅっと抱きしめてくれる。慶都の父は肩を寄せて震える二人を強く抱きしめた。 「明日もう一度ちゃんと話してみましょう」 「駄目だよ! 立珂を狙ってるなら人間と同じだ!」 「狙っていれば、です。私にはそうは思えません」 「な、なんで。分かんないよ」 「行動に辻褄が合わないんです。立珂くんが欲しいなら金剛団長がいない時にさっさと連れ出せばよかったじゃないですか。その機会は今までたくさんありました」 「それは、そう、だけど」 「それに罪を犯して捕まえる必要がありません。既に薄珂くんと立珂くんの信頼を得てるんだから専属契約を結べば正しく自分の物にできるんです」 「立珂自身を売る魂胆かもしれない」 「そうかもしれません。でも違うかもしれない。だからもう一度話をしましょう。彼の言い分も聞いてから決めるべきです」 「……でも金剛は信用しちゃ駄目だって」 「団長は二人を可愛がってますからね。でも薄珂くんは天藍さんを信じたいんでしょう?」  ――信じたい。  信じて良いのかは分からないけれど、信じて良い人であってほしい。  けれど頷くこともできず、代わりに立珂を強く抱きしめた。 「私から声をかけておきますから二人は少し休みましょう」 「うん……」  そして、薄珂は現実から逃れるように目を瞑った。 *

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