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第二十二話 天藍との再会

 目の前に立珂を連れ去った天藍がいる。それも蛍宮の皇太子という身分でだ。  天藍は薄珂を抱きしめようと手を伸ばしたが、薄珂はその手を跳ねのけ飛び掛かった。周りがざわっと兵が武器に手を掛けたが天藍がそれを制した。   「立珂を返せ!!」 「この状況でこう来るお前が好きだよ」 「ふざけるな! あんな、あんな優しいふりして……!」  優しいふり。ふりだった。優しくしてくれて嬉しくて、立珂とは違う愛情を覚えて、それを与えてもくれた。  けれど立珂を利用するため連れ去った。何よりも大切な立珂を連れ去ったのだ。  薄珂はぼろぼろと涙を零した。 「二度と信じるもんか! 立珂を返せ! 今すぐ返せっ!」 「落ち着け。ここにはいない」 「売ったのか!?」 「違う。とにかく落ち着いて話を聞け」 「うるさい! やっぱり金剛の言うことだけ聞いてればよかった!」 「そうだ。孔雀、金剛はどうした」 「外を探すと言われ別行動になってしまいました。申し訳ございません」 「そうか。いや、出て来てくれただけでも十分だ」 「金剛まで捕まえるのか! まさか里も!?」 「薄珂くん。違いますよ。里には慶都もいるのに、私がそんなことをするわけないでしょう」 「でも天藍は立珂を連れて行ったんだ! その味方ならあんたも敵だ!」 「薄珂!!」  天藍は興奮して聞く耳を持たず暴れる薄珂を抱きしめた。  大丈夫だ、とあの優しい声で繰り返し囁かれ、薄珂は自分で自分の感情が分からなくなり全身が震えた。 「立珂は俺が助ける。大丈夫だ。大丈夫だから」 「は、放せ」 「すぐに助けてやれなくてすまない。でも必ず助ける」 「だめだ、今すぐだ、今すぐ立珂を返せ」 「ここにはいないんだ。でも居場所は分かってる。だから話を聞いてくれ」  天藍はぽんぽんと薄珂の背を撫でた。  慶真と孔雀にもよしよしと頭を撫でられ、里での幸せな生活がぶわっと薄珂の身体中を駆け巡った。その中には天藍もいる。薄珂と立珂の日常を照らしてくれたのは天藍だった。 「……放せよぉ」 「放さない。お前が落ち着くまでこうしてる」 「立珂を返して……」 「ああ。取り返しに行こう。だからまずは話を聞け。俺たちを敵だと判断するのはそれからにしろ」 「……分かった」  よし、と天藍は薄珂を抱き上げた。いつもの薄珂なら恥ずかしいから話してくれと叫んだだろう。しかし今は離れたくなかった。  もし敵ならこうしていられるのはこれが最後なのだから。  天藍に運ばれた先は広い会議室だった。  そこだけでも薄珂たちが住んでいた小屋よりも広い。どこまでも贅沢なものしかない空間は薄珂にとっては縁遠くて気味が悪くさえ感じた。  落ち着けずにいると孔雀と慶真がお茶とお茶菓子を出してくれて、家族のように抱きしめてくれた。 「落ち着いたか」 「……うん」 「よし。じゃあ説明するぞ。言わずもがなだが、立珂を狙ってる一味がいる。里で立珂を連れ去ろうとした奴がいるんだ」 「天藍じゃなくて?」 「俺はそいつから取り返したんだ。だが結局はめられてあのざまだ。せめて立珂だけでもと思ったが、鷹獣人を五人も連れてやがった」 「そういや落ちた天藍を鳥獣人が連れて行ったって」 「それは私です。殿下の命で側に隠れていました」 「え? えっと、じゃあ立珂を攫ったのは誰なの?」 「獣人売買組織の連中だ。珍しい獣人を捕まえて売り飛ばす」 「じゃあ立珂は鳥獣人と間違えられたのか」 「いいや。有翼人と分かってて連れて行ったんだ」 「何でそんなこと分かるんだよ」 「これを見ろ」  天藍は数枚の書類と装飾品を取り出した。それは孔雀の診療所で薄珂が見付けた天藍の密売の証拠だった。 「やっぱり天藍が売ったのか!」 「違いますよ。これは売買したことを証明する書類ではないんです。売買してはいけないものを売買していたことを証明するものなんです」 「え? じゃあ……これは……?」 「密売の証拠品だ。あのな、俺があの里に潜り込んだのは幾つか理由がある。まず一つはある商品の密輸入を調べてたからだ。その商品がこれなんだ」  天藍が手に取ったのは立珂の羽根枕だった。  大きくて柔らかな羽根は里のみんなも喜んでくれた思い出の品でもある。しかしもう一つ天藍は枕を取り出した。それは里では見たこともない高級な起毛生地で作られている。  枕の縫い目を切って中身を取り出すと―― 「立珂の羽根!?」 「そう。立珂の羽根が相当な額で取引されている。これの売買経路を探ってたんだ」 「何で!? 俺達は売ったりしてない!」 「だから、密売なんだよ。お前達の知らないところでかき集めて売りとばしてるんだ」 「そんなはずない。羽根は燃やしてるんだ」 「燃やしたのはお前じゃないだろう」 「でも金剛がちゃんと燃やしてくれてるよ」 「目の前でか? 全部? 毎回?」 「ううん。金剛が持って帰って――……」  ぴたりと薄珂は羽根を弄る指を止めた。  羽根が密売されていた。羽根は金剛に渡していた。その意味するところに気付き、薄珂はぎぎぎと鈍い動きで首を傾けた。 「……何言ってんの?」  孔雀と慶真を見ると気まずそうに、そしてどこか悲しそうな目をしていた。  けれど追い打ちをかけるように天藍が一枚の紙を取り出した。そこには『指名手配』と書かれている。描かれている人相書きは薄珂が父のように慕っていたその人そっくりだった。 「象獣人、金剛。獣人違法売買で指名手配中だ」 *

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